「アメリカ経由で行く便しかなかったんだよねぇ、アメリカの空港って、嫌いなんだけどさ。なんか、自分がロボットになったみたいな気になっちゃうんだよね。まあ、最近の日本は、それに輪をかけてひどいと思うときもあるけど」
手は握ったまま離さない。
「ホテルとか、もう決まってる? あたし、ガイドもしてるんだけど。ガイドブック見てたでしょ。行き先はどこ?」
握った手を思いっきりふって、からだ全体で微笑む。
「次もきっとお隣だと思うのよね。わからないことがあったら、なんでも聞いて。十年以上アルゼンチンにいるんだから」
私に話すスキを与えず、彼女はしゃべり続けた。私が一番不得手とする人物だと、飛行機の中では思っていたはずなのに、今、矢継ぎ早に言葉を浴びせかけられても、そうは思わない。
飛行機から降りて、いろんな面倒くさい手続きを英語しか話せない米国人を相手になんとかこなして、そうして、たどり着いたところで、シャワーのように日本語を浴びた幸せを、しみじみと感じていた。何にも考えなくても、言葉がわかるって、なんて幸せなことなんだろう。私が思い出したように自己紹介すると、彼女もあわてて、
「イシザキトモコ、正真正銘の日本人よ」
と言って笑った。トモコさんはふと私の膝の上のカメラに目をやった。
「これ、新品?」
「そう、奮発して買ったの。小さいけど、一眼レフ。街の様子をちゃんとした写真に撮りたいと思って」
「いくら小さくても、一眼レフのカメラなんて、持って歩いちゃダメよ。通りで写真を撮るなんてもってのほかだからね。盗んでくれって言ってるようなもの。小さいのだって危ないんだから」
彼女は、数カ月前にリュックのポケットに無造作に突っ込んだカメラを自転車に乗った男にかすめ取られたのだと言った。首からぶら下げたカメラを盗られそうになって、振りほどこうとしたら、逆に腕を縛り上げられて大怪我をした日本人観光客を知っていると言った。
自分は盗難被害についてはベテランで、これまでにカメラどころかバッグも財布も盗られたことがあるのだけれど、ケチャップ強盗にだけは遭ったことがないのだと自慢した。