「ありがとう」
そう言うと、わたしも微笑みを返す。
「じゃあ、昨日見たのは一体誰だったんだろ?」
首を傾げ、亜矢は腕を組んだ。
「ま、いっか」
亜矢の口癖。嫌なことがあっても、翌日にはケロッと忘れてくれる。彼女のいいところだ。
講義が終わった。腕時計を見ると十二時十分。二人とも午後の授業が休講だったので渋谷に出かけることにした。渋谷はわたしが通う大学の目と鼻の先にある。いわばホームグラウンドのようなものだ。学食で軽めのランチを済ませ、いそいそと向かった。
いきつけのセレクトショップで、春らしいキャメル色の小物をチェックする。大学三年生になったというわけではないが、上級生らしいこなれて見えるバッグを買いたいと思ったのだ。
その日、わたしは、春の王道とも言うべき花柄ワンピースにブラウンのベルトできゅっとウエストマークしていた。鏡の前で気になったバッグをとっかえひっかえしては何気なく様々なポーズを決める。そのたびに内側にカールした派手すぎないグラデーションピンクの長い髪が、肩のあたりでふわっと柔らかく弾む。
「これにきーめた」
シンプルなデザインのワンハンドルバッグを購入する。値段も手頃だ。ティッシュ配りのアルバイト数日分といったところか。
「亜矢は?」
レジから声をかけた。亜矢はバッグ売り場で腕を組み、迷っている様子である。
「わたしはいいや。今、ちょっと金欠なんだ」
「ふーん」と、わたしはひらめいた表情をし、近づいていく。
「今日は特別に、わたしが買ってあげる」
「いやいや、そんなの悪いよ」
両手を前に出し、亜矢が全力で断る。
「遠慮しないの。実は昨日、ママからたっぷりお小遣いもらったの。だから今日は特別」
「本当にいいの?」
「いいのいいの。亜矢にはいつも買い物に付き合ってもらってるから」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
「何がいい?」
「まゆ実と同じの。色違いで。実はそれ、わたしも前からほしかったんだあ」
言いつつ亜矢は、嬉しそうに目を細めた。