第三のオンナ、
まゆ実
「昨日、ヒカリエにいたよね?」
マクロ経済学の講義中、遅れて教室にやってきた亜矢が、そそくさと隣りに座り小声で聞いてきた。
「なんで無視するの? 声かけたのに」
亜矢は唇を尖らせている。遅ればせながらアヒル口がマイブームだそうで、その表情はアヒルというよりキツツキだが、普段は温厚な彼女が珍しく怒っている。またか……。
「ていうか、いってないんだけど。人違いよ」
「いーや、あれは絶対にまゆ実だった」
顔には出さないが、わたしはうんざりしていた。いったん視線をそらし、どうしたものかと思案する。三年次の春学期が始まってからこの二週間、会った友達から必ずと言っていいほど、昨日どこそこにいたよね? と尋ねられた。どこそこになんかいなかったのに。
「どうして嘘つくの?」
亜矢の瞳の奥がかすかに潤んでいた。
「わたしたち友達だよね」
友達か……。最近つくづく思う。友達ってなんだろうと。おととい、友達と思っていたサークル仲間のエリから無視されるようになったのだ。昨日どこそこにいたよね? 問題で。
「まゆ実、声かけたのになんで無視するわけ?」
エリが尋ねてきたので正直に「いってない」と答えたところ、信じなかったようである。亜矢はどう思っているかわからないけれど、今のところ変わらずに付き合ってくれている。無意味な押し問答をするのは、これで三回めなのに。
亜矢とは小学校からの幼馴染だが、特別に親しいわけではない。学年が上がるたび、お互いにつるむグループは変わった。中学を卒業すると別の高校になり、たまたま同じ大学の、同じ学部に入学したことで、遊ぶようになっただけだ。わたしは親指の爪を軽く噛んだ。
「その癖。いい加減やめたら?」
付き合いが長いだけに見透かされている。何かうまい言いわけを考えていることを。まいったな……。爪噛みは物心ついた頃からの癖だ。躾しつけにうるさかった母から何度も叱られたけど、大人になった今も直らない。噛むことによって気持ちが落ち着き、冷静になれる。
「うん。友達だよ」
この場はこう答えるしかないか。なんだかんだと友達を失うのは怖い。独りぼっちは嫌だ。
「でもこれだけは信じて。昨日、ヒカリエにはいってない」
「本当に?」
「うん」
「……わかった」
亜矢はコクリと頷き、白い歯を見せた。