「あっ、おじいちゃんの写真だ」
佑介がすっとんきょうな声をあげ、真理もそれにつられてその写真の方を見た。吉川は、万事休すと、身が縮んだ。
「でも、おじいちゃんには、ちょっと似ていないんじゃない、若いし」
と真理は首をかしげた。写真は、創始者の先々代と先代、つまり今の会長の写真だけで、まだ現役の英介の写真はなかった。しかも、正介の写真は、現役の社長の時の若い顔で、今とはずいぶん異なっていた。
「よし、何とかなる」
と吉川は思った。
「君たちのおじいちゃんのことは知らないけど、これは、我が社の先代の社長の写真だから、きっと、違うと思うよ」
「よく見れば、やっぱり違うか。大体、こんなところにおじいちゃんの写真があるはずないし」
と、佑介もそう言われるとそんな気がした。ところが、真理が、
「でも、おじいちゃんが若い時なら、こんな感じじゃない」
と言い出し、吉川が
「またまた、気のせいですよ」
と言いながら、部屋を出るように促した。ようやく社長室を出てほっと一安心して、今度は食堂に連れて行こうと思ったが、
「ちょっと待ってて」
と食堂の外で二人を待たせておいて、一応、ここにも社長や会長の写真はないかを確認した。大丈夫だと思い、入ったところ、壁に、何と、社内運動会のポスターが貼ってある。ということは、そこには社長も写っている恐れがある、場合によっては、社長の奥様も写っているかもしれない。そう思うと吉川はまた気が気ではなくなり、食事を注文する時から、食べ終わるまで、そちらを見せないようにするので、大変であった。
最後は、ポスターの前に立ち、背中でポスターを隠してそのまま立ち尽くした。食事を注文する時にも、メニューの中に何と、獅子谷の名前のついた定食があった。これは、創業時から、頑張っている社員に栄養を付けてもらいたいという先々代の社長が直々に作り出した定食で、安くて栄養を考えたものとなっている。吉川はこれにも肝を冷やし、子供の喜びそうな、ハンバーグ定食とか、ラーメンとか、カレーなどを積極的に紹介し、獅子谷定食に気がつかないように気を遣った。
そうなると、何もかもが気になり、社内を歩く時も、社長の名前がどこかに書いてないか、写真がないか、と説明はろくにできないままに二人を案内し、社外へ出た時はもうへとへとになっていた。今度の取締役会で、ユニフォームは、専用の会館を作ってそこで展示してもらうように提案しようと思った吉川であった。
佑介と真理は、家に帰る電車の中で今日のことを話していた。佑介は、
「やっぱり、恩田選手のユニフォームはかっこよかったな」
と、サッカーのことにしか目がいっていない。サッカーにさほどの興味のない真理は、吉川のことが気になっていた。
「すごい会社だったけど、吉川さん、何か変な感じしなかった?」
「どういうこと?別に、何も変なところはないんじゃない?とっても優しくていい人だと思うけど」
「いい人はいい人だけど、何か、私たちに隠してるって感じしなかった?」
やはり、真理はどこか勘が鋭い。