四
ここで吉川は、社長室には、過去の社長、つまり、先代の社長で現会長の写真や先々代の社長の写真が飾っていることに気がついた。焦ったが、二人はトロフィーを見つけて、それに夢中で気がつかない。反対側の壁上に飾ってあるのを見せないように気をつけながら、トロフィーの説明をした。二人が反対を向こうとすると、
「このトロフィーはね、どこどこの有名な人が作っていてね」
などと話しかけて後ろを向かせないようにした。
しかし、相手は子供二人、しかも、妹の真理はそれほどサッカーには興味がないし、トロフィーにもすぐに飽きていた。吉川が佑介に話していると、ちょっと油断した隙に、真理がついに振り向いてしまった。反対側の壁の上には、会長の写真が飾られている。すぐに気がついて吉川は慌てたが、その写真の下には社長の机があり、立派な椅子もあったので、そっちに注意をそらすべく、机を示して、
「ほらほら、立派な机でしょう。これが我が社の社長の机です。椅子もふかふかですよ。一度、座ってみたらどう?」
と、視線が下の方に向くように仕向けた。佑介にも同じように声をかけて、社長の椅子に案内した。二人を先導して先に歩きながら机の上を見ると、何と、机の上に、子供と奥様の写真があるではないか。
「やばいっ!」
吉川は、大慌てで、机に案内するふりをして巧みに写真立てが背中の陰になるようにしながら、背中に回した手でその写真を取ると、後ろ手で上着の下にいれ、ズボンの中に差し込んだ。そうして、二人を交互に椅子に座らせた。椅子に座っていれば、壁の写真は背中側になるのでもう見られることはない。ふかふかの椅子でひとしきり遊んだところで、
「社長が帰ってくると大変だから」
と二人をせかして、うまく、部屋を出ようとした。その時、佑介が、あまりに毛足の長い絨毯に足をとられ、前につんのめって転んだ。起き上がろうとした時、後ろを付いてきていた真理から声をかけられて、佑介は後ろを振り向いた。そして転んだ佑介に手を差し伸べている真理の方を見た佑介は、真理の後方の先にある写真に気がついた。