ご主人の口癖は、
「ライオンだって、我が子が成長したら自分の群れから追い出す。そして、我が子が居心地のいい我が家におずおずと戻ってくるようなことがあれば、父親が猛烈に追い返す。それが我が子を厳しい自然の中で自立させることにつながるからだ」
ということである。
息子は、中学校三年生の卒業式が終わった後の春休みに中学校卒業記念としてボーイスカウトで二泊三日の登山を行った。お米やカップ麺などの食材を詰め込んだリュックを背負って、片道二十キロメートルの山道をテクテクと歩いて頂上まで登り、水も電気もガスもない山奥でテント生活を三日間体験したそうだ。
息子の話によると、食事の時は川から水を汲くんできたそうだ。火を起こす時は、訓練したとおりに原始時代同様、枯葉を集め、木と木をこすり合わせて発火させていたというから驚きだ! 現代のように文明が進んだ社会では、スイッチを押すだけでガスの火がつき、水道の蛇口をひねるだけで水が出てくるのに、あえて原始時代のような生活に飛び込んだわけだ。
ご主人は、自然の中での体験は、学校の勉強とは何の関係もないが、「折れない心、粘り強い心を育てる」ことと「臨機応変に対応できる判断力、勇気ある撤退ができる判断力を培つちかってくれる」と考えている。そのためにボーイスカウトに参加させて、自然体験、過酷な体験をさせることがご主人の教育方針の一つらしい。
そして、ご主人の他の教育方針は、ユダヤ人の教育方法から学んだ「趣味を持つこと」と「ジョークを大切にすること」らしい。ご主人が読んだユダヤ人の宗教指導者が書いた『日本には教育がない』という本によると、
「人間は、子供でも大人でも、日常の緊張から逃れる道を知っていなければならない。散歩もそうだ。緊張から解放される手段になりうるし、音楽も慰めとなる」
と書いてあったらしい。別のページには、
「笑いはそれを通じて子供に不屈の精神を教えることができる。どれだけ虐しいたげられても、相手を笑う精神は、人間にとって大切なものである。そして、自分をも笑えなければならない」
と書いてあったという。なんでも真に受ける性格であるご主人は、その本の影響もあって、決められた時間内であれば、息子が家でゲーム機をカチャカチャいじくることにも文句を言わなかった。
また、趣味の一環として水泳、弓道、エレキ・ベース演奏なども好ましいことだと推すい奨しょうしていた。また、幼少時から自ら息子に度々ジョークを言って笑わせていたそうだ。「厳格な父親」とはほど遠いイメージだ。
その甲斐あってか(?)、先日息子が、ご主人に「お父さん、これ面白いから見て!」と本のページを開いて見せたので、吾輩も一緒に覗のぞいたところ、
「父帰る一番喜ぶ犬のポチ」
「ただいまは犬に言うなよオレに言え」
「愛犬が家族で一番聞き上手」
というサラリーマン川せん柳りゅうが載っていた。すると、ご主人は
「こりゃー傑作さくだ! 家と一緒だ!」
と息子と一緒に大笑いしたので吾輩もつられて笑ってしまった。これらの教育方針の成果は、息子が大人に成長した数十年後を見てみなければ分からない。成功を祈るばかりだ。