「のこった、のこった！」
かぁさんのかけ声にも力が入ります。あっ、宙に放り投げられそうに。すると坊やは、ぴたっと父さんにかじりつく。あれれ？ なんだからくちんそう。右に左にゆさぶられて気もちよさそう。するとかぁさんまでくっついてきて、
「ボクたち、おおきなおだんごになっちゃった」
「で、相撲はどうなっちゃったンだ？」
「おだんごのまんまで、かあさんがひきわけ～って、それでおしまい」
相撲のあとで、父さんが言いました。
「海藻のベルト、いつもしめていなさい。いざという時に、きっと大きな力になってくれるにちがいない」
父さんは何回もふり返りながら、超スピードで沖へ向かっておよいでいきました。回遊の仲間の群に追いつくために。父さんの姿が沖の波にまぎれてしまうまで、坊やと母さんはいつまでも沖のほうを見ていました。
「おじさん、つい、むすこのこと思いだしちまったよ。ボクの話をきいていたらさぁ」
「ムスコ？」
「そうさ、ボクよりか、ちょっとだけ年上くらいかな。まいごのボクを見つけたとき、おじさんはじめは、息子かと思ったよ」
「ムスコ、いまどこに？」
おじさんの顔が急にくもりました。おじさんの頭のなかに、あの日の嵐の波音が聞こえてきたのでした。
「思い切って回遊の旅につれ出したンだが、とうとう大しけの海で。いつも、とうさんとかいゆうしたいなぁって言っていた。あいつ、生まれつきからだが弱かった。元気になる見込みもなかった。それだけに、あいつの気もち、おじさん、痛いほどわかっていたんだよ。
でもはじめての旅は真冬の旅、それがどんなに危険なことか、ムスコだってそれはじゅうぶん知っていたはずだ。おたがいに口にはしなかったが。海は、はじめはとてもおだやかで楽しい旅だった。
しかし、しだいにはげしく荒れてきた。もうこの先進めなくなったと分かった時、あいつ、いつものクセだったンだが、うれしそうに胸ビレをピコピコさせてさ、はにかみながらこう言ったんだ、
“とうさん、たのしかったよ、アリガト！ またいつか、ひろい海でいっしょに泳ごうね”
で、あっという間にたったひとりぼっちで、波の下の、遠い国へ行っちまった。代われるものならかわってやりたかったよ、ぼうや、わかるかな、おじさんのこの気もち。
そしておじさんは、仲間とそのまま旅を続けた。どんな時でも回遊魚のブリ族は、止まることはできないのだよ。でもな、ぼうや、あいつ、回遊の旅をせいいっぱい楽しんでいたよ。からだは弱り切っていたが、いい根性だったなぁ、あいつは。
おじさんの仲間たち、みんな、あいつの勇気をほめてくれた。かわるがわる、あいつをはげましてくれたンだ。あいつはあの日、嵐の海で、短い命を思いっきり燃やし切ったんだ」
「波の下の遠い国って、いつか父さんから聞いたことがあるよ。おじさん、ボクもかなしいよ」
坊やは思わずおじさんにぴったりすりよっていきました。
「ボク、このベルト、かしてあげたかったよ、おじさんのムスコに。そしたらきっと、もっともっと、遠くの海までおじさんといっしょにおよいでいけたのにね」
「ありがとョ、ぼうや」
