第四章 この世にいない大切な存在
俺はまたデスクチェアーで眠った。
朝になると、一足先にキッチンに向かった。後から沙優が起きてきた。
「おはようございます」
「おはよう、よく眠れたか、ベッドで寝て構わないから」
「それなら、南條さんもベッドで寝てください。私と一緒は嫌ですか」
「そんなことはない」
俺は沙優とベッドを共にすることにどうしても納得がいかない。何故愛する男がいるのに俺とベッドを共にしようなんて言えるんだ。沙優は悲しそうな表情を見せた。この時全く沙優の気持ちは分からなかった。
「分かった、これからはそうしよう」
沙優はニッコリ微笑んだ。しかし、男の名前がどうしても頭から離れない。俺は意を決して沙優に確かめることにした。元々、沙優に伝えなければいけないことがあった。
「沙優、俺の婚約者の振りを頼んだのを覚えてるか」
「はい」
「婚約報告会見を近々開く、問題はないか」
沙優は少し考えて口を開いた。
「彼女さんにはなんて言うんですか」
「彼女は問題ない」
「そうですか、それなら私は問題ありません」
俺は大きく深呼吸をしてから言葉を発した。
「沙優の男はなんて言ってるんだ」
沙優は不思議そうな表情で俺を見つめた。でも俺の言うことに納得したみたいで、「大丈夫です、きっと許してくれると思います」と言った。
「ちゃんと確かめなくていいのか」
「そうですね、今度一緒に行って貰えますか」
俺を紹介しようというのか、しかしはっきりさせておいた方がいいと思い承諾した。そして俺は沙優と出かけた。
「カーナビに住所を入れる、教えてくれ」
「はい」
俺は言われた住所をカーナビに登録した。カーナビに表示された地図の矢印は、霊園を指していた。どういうことなんだ。とりあえず向かった。そこはやはり霊園だった。
「ちょっと待っててください」
沙優は俺を待たせて、桶に水を汲み、お線香とお花を用意した。
「南條さん、こっちです」
俺が連れて行かれたのはお墓の前だった。その墓石には本郷家と刻まれていた。
「圭人、久しぶりだね。今日は私の命の恩人を連れてきたよ、もう少しで圭人の元に行くところだったのを助けてくれた人、南條貢さんよ。だから恩返しに南條さんが困っているから婚約者の振りをすることになったの、いいよね」
「南條さん、私が付き合っていた本郷圭人さんです。私を置いて先にあの世に行ってしまって、五年前のことです」
俺は墓石の前で手を合わせた。沙優がうわごとで呼んでいた「けいと」は元彼で、しかも五年前に亡くなっていたとは……
「沙優、事故だったのか、それとも病気か」
「事故です。結婚式当日バイク事故で、彼は式場に姿を見せることはありませんでした」
「結婚式当日だったのか」
沙優は頷いた。