二人が靑々した空を眺めて、綠の海に大きい赤い水車の付いてゐる白塗の大ボートに乗せられて、よもやまの話に耽つてゐた、この二人の周圍には幾十人の白人が愉快そうに語つてゐる者もあれば、鐡の欄干に獨り半身を靠も たれながら無暗に巧妙な口笛を()さんでゐるもあり、(まる)い卓上で、トランプをやつてゐる連中もゐる、

この多くの異人種の內に吾々二人の有色人種が、ひそかに船室の片隅で無器容な日本語を、丁度內地の電車の內で支那の學生連が妙な聲で話をしてゐるように。

二時間餘もボートに乗せられて、とある對岸の或る小さい僻村に着いた、其の周圍は悉く赤土山で、日本の杉のようなガムの林や柳の大木の間々にペンキ塗の家や赤い煉瓦の家が點々(てんてん)として、全く油繪で見る西洋の田舍其儘である、

近くのポプラの並木の下の小川には、白鳥や鴨がグワグワと遊んでゐる、毛の赤い眼の靑い可愛らしい子供が汚れたジヤケツトを着けて犬を追つ驅けてゐる、大きい脊の髙い楡の樹の下の柵の中には、綿羊が六七疋も柵の外へ顔を出して、なれなれしく行人に紙片でも吳れろと云ふ樣子をしてゐる、其の柵の下を三四羽の鷄がコツコツ飯を捜して歩るく。

この美しい村からまだ四哩も歩かねば日本人の村には着かぬとの事である、そしてその村はそれ等日本人の食料品一切を買ひ込むだり、野產物を一切市に送る波止場で、兎に角邦人の糊口(ここう)を左右する大切な村であるとの事である、

日頃陰欝な懊惱生活に浸されてゐた自分は、この伸び伸びした靑い空や、大きい地平線の內に反射してゐる靑々した綠の林や赤い土が、この神經衰弱の一靑年に、あまり生々して(あら)ゆる有機物が恰も踊つてゐるように、まぶしい、けれども乾燥無味なこの國にも恁んな美しい自然があるかと思へば涙がこぼれる位嬉しい。

午後の短い陽を背に受けて、二人の姿は靜かな次から次の語草に、時を忘れて早や一二哩も歩いたと思ふと、平坦な道の左右に(かく)()りのような幾萬株の葡萄の木がプリニングされて幾千(エー)(カー)と續いてゐる、其の土が肥えてゐる證據(しょうこ)には默々と輝いてゐる、

そして其の衟が何時ともなく自然になだらかに圓く方向を再び右の方へ曲つてしまふと、々幾萬株の葡萄の畑が廣々として展開されて、再び一すぢの平坦な野路が眞直ぐに長々と現れた。