晴天の空から一転、午後になってから冷たくて強い雨が強風を誘い叩きつけてきた。すずはすぐに傘を購入し一本を弘に差し出す。
「ひどい雨だな」
「買い物もできたし雨が上がったら早めに戻りましょうか」
「そうしよう」
雨はほどなく止んだが弱くなった風は冷たい。薄着の二人は帰路を急いだ。
「ヒョナさん、ただいま。こっちも随分降ったみたいですね」
弘が繋ぐ。屋根から滴が落ちていた。
「おかえり。いい天気だったのに途中から大雨だったよ。すぐに止んだけどねぇ。まぁ、これを私に? ありがとう。気を遣わせたわねぇ」
すずがお土産を手渡した。虹色のエプロンだった。
「ヒョナさんはいつも明るいから似合うと思います」
「わーっ、素敵じゃない。ありがとう。本当に嬉しいわ。あなたってセンスいいわね。もうすぐダンナも帰ってくるわ。魚を持ってね。今日は早めの夕食にしましょうね」
「無理しないでください。我々は大丈夫ですから」と弘。
ヒョナが「弘さん、いいのよ。ああ見えても無口なウチのダンナ。あなた方を気に入ったみたいで、魚を沢山釣って一杯やりたいと思っているんだから、好きにさせてちょうだい」
間もなく主人のホンギは帰って来た。イシモチや太刀魚が十数匹、氷水に浮いている。
「アナタ、大漁ね。一緒に捌きましょう」と、ヒョナはホンギと調理場へ入っていった。
弘とすずはその間、心得たように店の掃除をした。夜の客は少なく常連ばかり三人だったので皆で呑んだ。客の中に軍との連絡が取れる人がいて、翌日の昼までには郭さんに伝えると言ってくれた。
『やっと会えるんだ。武の育ての親だとも言える方、ユジンさん、サンマン、そして武』
翌朝九時ごろにヒョナの店に使いが来て、『郭企画官は本日十六時にここへ伺います』と報告を受けた。郭昌宇は国防の釜山人事企画室のトップになっていたのだ。ヒョナは
「あら大変。そんな立派な方がこんな店に見えるなんて信じられない。アナタ! ホンギ! どうしよう」
「心配するな。ゆっくり話せる奥の座敷をキレイにしておくんだ。弘さん、やっとだね。僕も嬉しいよ」
ホンギもこの時は実に男らしかった。