「あッ、カニさんだ!たくさんいる、みんなでハサミならしはじめた」
カニさんたちは、長い足をきちんと半分に折り曲げて、コチコチ、コチコチ、パチ、パチ、パチン。コチコチ、コチコチ、プチプチ、プチン!
ふり上げたハサミをいっせいに鳴ならして楽たのしそう。
「なにかはじまる、ねぇいこうョおじさん、おもしろそうだよ、ボク、ちょっとみにいってくる」
「それはダメだ、どんな時もぐんぐん泳ぎつづけるんだよ」
やさしい目をしたおじさんが、この時はじめて、太い声できっぱりと言ったので、坊やはびっくりしてたずねました。
「ボクたちばっかり、なんでこんなにおよいでばかり? ボクたち、これからどこへいくの? ボク、ちょっとだけ、カニさんたちとあそびたいの。ね、いいでしょ、おじさん」
ぼうや、ブリはブリ。ボクの気もちはよ~くわかるけど。
回遊するからブリなんだ。
回遊やめたらブリじゃない。
止まっちゃったらブリじゃない。
いつでもぐんぐん泳ぐのだ、大きな群は楽しいぞ、みんなでごちそう追いかけて、みんなで分けても腹いっぱい、キケンなときは固まって、巨大な魚に大ヘンシン!
海は青いし、でっかいしいいことづくめさ、回遊は。
でっかいブリになるためにふるさと離れてはるばると、北へ南へ回遊し、
「へぇ~、でもそれじゃぁ、いつあそぶの? およいでばっかりじゃ、つまんない。ボク、カニさんになりたい!」
「そうだな、ほんと、ボクの言うとおりだよ。おじさんだって、カニやイソギンチャクになりてぇなって、本気でかんがえることもあるンだよ。さっきのカレイさ。いつだってのんびり昼寝して、うらやましいよなぁ、まったく。けどな、ぼうや、青くて広い海をいち度でも泳いでごらん、もう死ぬまでやめられなくなるから、ふしぎだよ。回遊するたびにココロもカラダも知らず知らずのうちにでっかくなっていく。これぞブリ道、ブリみょうりってもんだ」
「ブリどー? ブリみょーり?」
「そう、ブリに生まれてよかったなぁ、ごほうびもらったみたいにうれしいなぁって、しみじみ思うことさ。ぼうや、空見てみろよ、ほら、あの雲もひろい空を、あんなふうにゆったり、ゆったりと、どこまでも動いていくじゃないか。夜の星は生まれた時からずっと、ひろい宇宙を旅しているし、天の川は今もしずかに流れているそうだ。風は自由に吹きながら、海に波を生まれさせて、波に乗って生きものたちが、自分の旅をつづけているンだ。
空でも海でも生きものは、みんな自分の旅をしているよ。そしていつか、旅の終おわりがやってくる。それは命が終わるとき。どうかな?そのへんのこと、ボクもちょっとは分かるかな?われらブリ族の、いさぎよい運命が好きになれるといいのだが」
坊やは、ついさっき、この海にいきなりまぎれこんでしまった時のことを思い出しました。
〈こわかったよ、つめたかったよ〉
でも今はちがいます。今はおじさんたちといっしょに、広い海をまっしぐらに泳いでいるのです。この気分、けっこう楽しいし、ボク、けっこうかっこいい!
「おじさん、ボクやりたいよ、ブリみょ~り。でも、かぁさんといっしょだったら、もっといいのになぁ」
ぼうやの小さな胸ビレは、さっきからピクピクふるえています。
「とうさんもいまごろ、どっかのうみで、カイユウしてるの? ボクたちみたいに?」
「そうだとも。もしかしたら、このあたりを、潮の流れに乗って、仲間といっしょに通りすぎていったかもしれないよ」
「ほんと!?お~い、ひろ~いおそらの雲さ~ん! きこえるか~。ボクのとうさん、そっから見えるか~?」