第四章 この世にいない大切な存在
私は南條さんに言われて、自分の分の食事を用意した。でも彼女さんと一緒に過ごすのかなと思ったが、夜食の分を南條さんのために用意した。
そういえば「男と食事済ませても」なんて言ってたけど、私には彼はいない。たった一人だけ大好きになった人はいたが、その人はもうこの世にはいない。その人の名前は本郷圭人。
それは八年前に遡る。私は恋愛に奥手で、三十歳を迎えた時、彼氏いない歴三十年だった。あ〜あ、このまま、おばあちゃんになっちゃうのかな。
当時私は、ある食品会社に勤めていた。そこへ中途採用で入社してきたのが、本郷圭人だった。彼は二十八歳、私より二歳年下のさわやかな青年という印象だった。同じ部署で、私が彼に会社内を案内した。
「先輩、この部屋は何に使うんですか」
「ここは会議室とか応接室とかなんでも、とりあえずいざという時の部屋かな」
彼はニヤッと笑い
「それじゃあ、密会にも使えますね」
といたずらっ子のような表情を見せた。
「密会、誰と誰が密会するの」
「もちろん、俺と先輩」
「えっ、どうして私と本郷くんが密会するの」
彼は急に真顔になり
「先輩、俺と付き合ってくれませんか」
とじっと私を見つめた。
「冗談言わないで、今は仕事中よ」
「冗談なんかじゃないですよ、俺真剣なんで」
「ハイハイ、次行くわよ」
彼は私に本気と思って貰えず膨れていた。それはそうでしょ、初日にいきなり交際の申し込みだなんて、私はからかわれたと思ったのである。