「ハカランダ。花の名前。日本は桜、アルゼンチンはハカランダ」
ハカランダは知っている。ジャカランダのことだ。スペイン語でJはハ行音で発音する。フリオもアルファベットで書けばJulio だ。Julio は七月という意味だと初めて会った時に教えてくれた。フリオ・イグレシアスと同じ名前だとそのとき私は言ったけれど、フリオは知らなかった。そして、イグレシアスは教会の意味だと教えてくれた。
「七月」が名前だなんて変なのと思った。七月は私の誕生月だ。
「ハカランダの花は日本で見ることができない。それは、ときどきさびしい、と思う」
フリオは膝の上に舞い落ちた桜の花びらを手でつまんでじっと見つめた。
「ハカランダ、どんなふうに咲く? 桜みたい?」
「ブエノスアイレスに半年いるなら、ハカランダの花、見ることできます。春になると街が紫になる。日本の春が薄いピンクになるのと同じ。春が来るのがうれしいのも同じ。写真撮ってきてね」
アルゼンチンでの思い出話はしたがらないのに、ハカランダは懐かしいらしい。私は、満開の桜の日本を出発して、満開のハカランダのアルゼンチンから日本に戻ってくることになるのか。
「春から春までの旅ですね。いってらっしゃい。Buen viaje」
一年の中で春の訪れを二回体験できるなんて、そんなすてきなことはない。冬は苦手だから、せっかく春になってこれから暖かくなるというときに、これから冬に向かうアルゼンチンに旅立つのはどうかとも思ったけれど、春から春までの旅だと思えばいいのだ。フリオの言葉は私を幸せにする力がある。
3
成田からの飛行機で、窓側の席に早々と座って外を眺めていた私に座席を確認してから、真っ赤なスプリングコートを抱えた女性が、よっこらしょと腰を下ろした。
座席番号を確認されたときに、そうですよと素っ気なく答えた後、すぐまた窓の外に目を向けたというのに、彼女はそんなことは全く意に介していないように、なんでこんな時期に土砂降り。ああ、桜が全部散っちゃう。まあ、私はいなくなるからいいけど。だいたい日本は雨が多すぎると思わない? それに最近は土砂降りが多いと矢継ぎ早に言葉を投げかけてくる。