「ご主人の遺書は取ってありますか?」

彼女は夫が仕事で使っていた病院の経理課のデスクの引き出しから発見されたという、ビニール袋に入った遺書を取り出して見せた。それは事務用封筒に入ったもので、A4の紙一枚にパソコンで印字されたものだった。育代はその遺書を机の上に広げ、彼は手を触れないように気を付けてざっと読み下した。

――私、山本哲也はこの二年半の間に多くの患者に実際には投与していない鎮痛剤を投与したかの如くに偽ってカルテを改ざんし、生じた差額を横領して使い込みました。誠に申し訳なく、自らの命で罪を償わせて頂きます。長い間お世話になりました。二〇一八年三月十五日

本人の署名はない。松野は首をかしげた。

「何だか妙な遺書ですね。遺書というのはこれだけですか? 他にあなたへのメモとか書置きはなかったんですか?」

「警察が私にくれたのはこれだけです」

「警察はこの遺書について何か言いましたか?」

育代は首を振った。

「いいえ。一応証拠として警察に持って行きましたが、後で返してくれました」

松野は眉を寄せた。死ぬと覚悟した男からなぜ家族への言葉がないのか? 第一この遺書からは悪事を働いた男の痛恨の情が全く伝わってこない。

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