「ビッグウェーブ、カモン!」
そこに最高のビッグウェーブがやってくる。その波に向かいパドリングで勢いをつけて素早く立ち上がり、滑るようにボードを走らせ、鋭いオフザリップの連続技を見事に数回決める。最後のターンではボードを片手でつかみ、空中で360度回転させて着水する大技、エアリバースを鮮やかに決め、
「イエーイ!」
と大きな声で叫んでいた。見事な大技を決めた後、ビッグウェーブが途中で崩れ、バランスを失った体が、海の底に押し込まれていく。圭は海底近くの薄暗い海中で全身の力を抜き、完全に解放してやることで、体は自然に海面まで頭から浮き上がっていった。
サーフィンではこのような動きが一瞬で終わってしまう。圭にとってその十秒ほどがたまらない快感の時間だ。その短い時間はエクスタシーを体の中に植えつける。サーフィンの快感、それはやった者でないとわからない。またそのエクスタシーを求め、ボードを漕いで沖に向かっていった。
沖に浮かんで次の大きな波を待つ圭の目に、太陽の下で光り輝く緑の江の島が遠くに映っている。ここの海では真夏でも一般の海水浴客をほとんど見かけることはない。この海岸にいるのはローカルのサーファー達だけだ。海上から見える砂浜の方向には、ずっと横に長く連なった防砂林があり、防砂林と広い砂浜の間には、茅ケ崎から江の島まで続く舗装された遊歩道が見える。その遊歩道の近くの砂浜の上には、真夏に向けて設置が始まったばかりの海の家が、一軒だけポツンと見えている。
圭は二時間ほどサーフィンを楽しんだ後、海から上がっていく。砂浜には座ったままで、こちらに向かって手を振っている若い娘がいる。ショートヘアのキュートな顔立ちで、赤いビキニを着たその娘が、大きな声で呼ぶ。
「圭!圭!」
圭がその娘に笑顔で声をかける。
「おー、千佳じゃないか。いつごろからここにいたのか知らないけど、そこのタオルを投げてくれないか?」
すぐにタオルが飛んでくる。
「圭、三十分ほど前からこの場所に来て、サーフィンを見ていたの。マンションに寄って、ヨッサンの店にも行ってみたけど、どこにもいないから海まで来てみたのよ」
圭はボードを砂浜の上に置いて横に座り、千佳の投げつけてきたタオルで濡れた頭と顔を荒っぽく拭いていた。