【前回の記事を読む】安全のために必要なものだけど…星空の綺麗な田舎の意外な「街灯事情」
人生は鈍行列車で(2016年7月)
普段、酒をあまり飲まない僕だが、夏の暑い日はビールの1杯くらい飲みたくなる。
先日、とある集まりでお酒を飲む機会があり、たまには飲もうと思い、車ではなくJRで八雲の市街地へ繰り出した。鈍行に乗るのは、高校以来のことで、社会人となってからは初、実に20年ぶりの乗車である。
19時11分野田生駅発に乗るためにホームに下り立った。かつて高校時代も、この駅から毎朝汽車に乗り込み、八雲駅までの片道11分の汽車通学をしていたことを昨日のことのように思い出す。あれから20年たったこの駅は、今も変わらず無人の小さな掘っ立て小屋のような建物で、片田舎にポツンと存在している。近年、JRの廃駅が相次ぐなか、このような小さな駅がなんとか生きながらえているのを、とてもいとおしく感じた。
こんな夜にこんな田舎から乗り込む客はいないだろうと思っていたら、飲み屋に勤務していそうな派手な服装の若い女性が一人だけホームに来た。どうやら、これから町の飲み屋へ出勤するようで、地方在住者にとってこの汽車は今でも大切な足となっているんだなと思った。
そして、汽車に乗り込む。古びた座席、ゆったりとした速度、ガタンゴトンのダイレクトな振動、運転席から時折聞こえるジリリリリリンというベルのような音……車内全ての雰囲気が20年前と全く変わっていないことに驚き、感動した。北海道新幹線が開通し、時代は大きく変わってきている中で、変わらずに存在しているものがここに共存していたのだ。
学生時代の懐かしさを感じながら、車窓から内浦湾を眺める。普段、車からの眺めしか見ていないので、ほとんど同じ風景なのに、なぜか汽車の車窓から眺めたこの海はまるで違う海かのように新鮮に見える。と、いきなりの緊急停車! 山越駅手前のあたりであった。
そして、アナウンスが流れる。「ただ今、八雲付近を運行していた特急が鹿と衝突し、安全確認のため、付近の列車にも停車指示がありました」とのこと。
学生時代でもこんなことは一度もなかったのだが、20年ぶりの乗車でまさかのアクシデント。どうやら近年は道南でも鹿が増えてきて、このようなことはよくあることらしい。30分も停車して、なんと片道40分の長い汽車旅になってしまった。
でも、アクシデントのおかげで、この懐かしい車内に思いがけず長くいられたことは、逆に嬉しかった。
今回、久々に鈍行に乗って強く感じたこと。それは圧倒的に自由な解放感であった。普段、車でせわしくあちこちの用事ででかけて時間に追われているのに、汽車に乗った途端に、心の中でせわしく回っていた時計の針が急速にスピードを落とし、不思議と安心したのだ。
あくせくとした今の時代、僕はこの鈍行列車のスピードで時代の波にあらがいながら、ゆっくりと人生を歩みたいものだ。