また、人類学科選科に入った頃の上野桜木町時代を顧みてこう言う。
近頃若い人の中に私が行った様式をそのまま受継いだ行き方をしている人を少しづつ見出し、一寸面白いと思っています。何時の間にか私も専門家らしい扱いを受けるようになりました。然し更に野心を大にして、何時までも上野桜木町の座敷借りの八畳で、兄さんから色々教わった時の気持ちでいようと思います。
(帰ってからの仕事については)勉強の方向も、先に分類に手を付け、次に進化論に当たる編年をやれば順序は正しく踏んだ事になるのですし、必ずしも悲観する事もないと思います。
生活を考え、行末を顧みれば心掛かりな点も出てきますが、世間的な学問で無い以上、仕事に望みがあるうちは、一つの学を守り立てる事を心掛けるべきでしょう。
(同年一〇月五日付)
今取り組んでいる本が将来役に立つだろうと見ていたことは次の手紙でうかがえよう。
『文献目録』はとうとう一年半掛って終しまいましたが今年一杯で本にします。附録に欧文で書かれた「日本石器時代関係文献の目録」を付けるので、別刷を百部作って持って行きます。
大学で出した『石器時代遺跡地名表』は八幡さんと二人で二年掛かっています。この本は使いようでは興味のある論文も書けそうです。フランスで発表できればこれを応用したような仕事も面白かろうと思っています。
行くまでに教室報告の第二編土偶研究を書くのですが、注口土器〔『注口土器ノ分類ト其ノ地理的分布』〕の二倍程になります。もし間に合わなければ材料を持って行きますし、できれば英文抄録を作って持って行きます。
(同年一一月一一日付)
『日本石器時代遺物発見地名表』は東京帝国大学編として一九二八年一〇月に、考古学入門書は岡さんの提案で書名を『日本石器時代提要』とすることにして翌年九月に、『日本石器時代文献目録』は翌々年一〇月に、いずれも岡書院から出版された。
こうして二十代後半に、研究に一つの区切りをつけて新たな旅へ羽ばたいて行こうとしていた。