一恵の家から歩いて五分ほどのところに池上家はある。家に帰り急いで台所に行くと二人は食事をしていた。
「結里亜さんが帰ってこないから、漬物でごはんを食べていたんだから」
と結里亜の顔を見るなり澄子が言った。
「結里亜、もっと早く帰ってこないとダメだろう」
と陰気な顔で言う貫一。名前を呼び捨てにされることも気になった。
「そこには、恭一も子どももいるわけではないのに!」
と内心思ったがここでも何も言えずあやまるしかなかった。そして、結里亜は自問自答した。
「私は、池上家のお手伝いさん?違う、お手伝いさんは手当をもらえる。じゃあ、何?私は都合のいい人?」
忙しいわけではないのだから、自分で食事の用意をすればいいのに。納豆に卵、豆腐、ワカメ、ネギ。すぐに使えるものが冷蔵庫にあるではないか。時間もかからず作れるだろう。まして、今は昭和初期ではないのだ。食事の用意をするのが嫌なわけではない。でも、もっと思いやる気持ちがあってもいいのではないか?
買い物や病院に行くこともある。渋滞にはまることだってある。なぜ、義父母の食事を最優先しなければならないのか?
貫一の家から一時間ほど離れたところに澄子の妹の小田中加奈子は住んでいる。独身でバリバリ仕事をしている。姉妹は仲がよく時々澄子の家に来る。この日も近くまで来たからと顔を出した。結里亜は油揚げを煮ていなり寿司を作っていた。お昼時だったので
「加奈子おばさんも食べていってください」
と加奈子に声をかける。
「お昼から油揚げを煮ているの?姉さんたちはおいしいものを食べられていいね」
と言いながら喜んで食べていた。
「おいしい、やっぱりスーパーのいなり寿司より優しい味だね」
と言う加奈子に、
「そりゃあ、化学調味料とか入れていないし、弱火でゆっくり煮ているから違うと思うよ」
と澄子が言う。
「たまには、ちゃんと作らないと栄養が偏ってしまうね」
と加奈子が言うと、
「仕事、仕事って言っていないで、あんたもたまには家事をやったら」
と言う澄子。
「やっているわよ、失礼ね。それに、私はいいけど、そんな言い方をしたら結里亜さん出て行ってしまうよ」
と加奈子が言う。
「他の人から見ても、やはり澄子は強い口調なのか。一緒にいて口調が変わらないようにしなければ」
と結里亜は思った。