研修医

昭和57年4月

翌日の午後、仕事がひと段落した梅澤は白衣の下にギターを隠して、研修医室から病棟に向かった。幸いなことに、先輩のドクターや看護師に呼び止められることなく、彼女の病室まで辿り着いた。

十畳ほどの4人部屋は、各ベッドを取り囲むようにカーテンで仕切られている。同室の患者は、カーテン一枚で何とかプライバシーを確保している。面会人との応対も、カーテンの中で行われていた。

梅澤は、来訪を告げて彼女のベッドのカーテンを開けた。ギターを持ってきたことを告げると、彼女はすごくびっくりしたが、秘密のたくらみを喜々として楽しんでいた。

梅澤は、他の患者の手前、静かな曲を選び、ギターのアルペジオでなるべく小さな声で歌った。ザ・フォーク・クルセイダースの「悲しくてやりきれない」、かぐや姫の「神田川」、「僕の胸でおやすみ」。

彼女は大喜びで、一曲終わる度に、音が出ないように手を合わせる真似をして拍手をした。

「今日はここまで」

歌い終えて、梅澤はギターを白衣の下に隠して病室を出て行った。

その後も、看護師から特に注意を受けずに、何度か同じたくらみを繰り返していた。