帰り道、花屋の前の彼岸花を見ながら思わず言葉がこぼれた。
「なあ。いったいどういう事だったんだよ」
花屋のおばちゃんは独り言と知らず答えた。
「お兄さん。彼岸花好きなのかい?」
「好きって言うか……。どういう事なのか」
ちんぷんかんぷんなやり取りに何かを悟ったように、おばちゃんは切り出した。
「どういう事って……。あっ! 花言葉かい?」
「…………」
黙っている博樹におばちゃんは続けた。
「情熱!」
博樹は固まった。
「情熱……」
第二章 3つの星
1
愛知県大府市。自動車関連産業をはじめとする大規模製造業が盛んで、名古屋へのアクセスが良いことからベッドタウンとしても人気の高い土地柄で、近年大規模なマンションが数棟立ち並んだ。そのマンションの中の一つに博樹はいた。
子供向けの学習教材のセールスだ。この手の新築マンションは若い夫婦が購入することが多く、小さな子供がいる確率が高いため、訪問販売するには最適の場所だ。本社を東京に置く「ノビノビ教材出版名古屋支社」という学習教材を扱う会社に博樹の就職が決まった。十六社の面接を受けてようやく決まった仕事だ。少しは晴れやかな気持ちで仕事に取り組める。そんな気がしていた。
最上階から順番に営業をかけることにした。ピンポーン。
「あのぉ……お宅に小さなお子様はいらっしゃいますか? あっ、スイマセン。私、ノビノビ教材出版の御神と申します」
インターホン越しに返事が届いた。
「小二の子供がいますが」
博樹にとってはチャンスである。
「あ、でしたら少しお時間いただけますか? 本日お持ちしたのは“子供が始める英会話”の教材なのですが、お子様の将来の……」
「結構です」
言い終わらないうちに返答された。