すんなりと進展してしまった会話の後、万里絵はその足でフロントに戻り、コンシェルジュにプール施設の使い方を聞いた。年間会員と宿泊者のみが利用可能だと言う。釣木沢は簡単に言ったが、ここのプールを使うには宿泊の予約を取らなければならない。
明日が仕事納めで年末年始の九連休になるが、予定は何もない。泊ればいいのだ。ホテルライフで泳げるようになる。魅惑的なことに思えて、その場で申し込んだが、満室だからと即座に断られた。万里絵は考えあぐねて、ふとこのホテルに宿泊している真梨邑に気づき、電話を入れた。
「ああら、木賊なの、なあに? 忘れ物かしら?」
まだご機嫌を引きずっている声だった。
「先生はご常連でしょうから、明日からのこのホテルの宿泊とか、取れないでしょうか?」
「あなた、年末年始のホテルの予約を今から取ろうなんて、どうかしているわ」
真梨邑のおかしそうな声が響く。
「そうですよね」
「ま、わたしは明日の朝で引き払うから、聞いてみてあげてもいいわよ」
万里絵がエントランスホールの椅子に腰かけ、黄色とオレンジ色に波型を描いたじゅうたんの模様に見入っているうちに、真梨邑からの電話が鳴った。
「あなた、デラックスクラスでもいいの?」
「なんでも、構いません」
「ウェブ限定の朝食つきの連泊プランが、たった今キャンセルが出たらしいから、わたしからの紹介だと言って申し込んでみて」
真梨邑は思わせぶりな低い含み笑いの声を漏らした。わたしが問い合わせしたからキャンセルがあったのよ、とでもいうように。実際、本当のことだろう。
インターネット予約を見ると施設無料の特典までついている。とりあえず三連泊はできる。フロントで事情を話して申し込みをしてからホテルを出た。水着も借りられる。キャンセル待ちで一月四日までの連泊希望を登録しておいた。九連泊もしたら、結構な金額になると思う。釣木沢がいつまで泊っているかもわからないのに。ホテルを出ると、自分がとても愚かしく思えてきた。
ロータリーの中央に建てられた旗ポールの先にひらめく星条旗とユニオンジャックを見た時、海外旅行だと思えばいいことに気づいた。会社の仲間内には長期休暇は必ず海外と決めている人たちもあった。
あのことがあってから、この七年間、とにかく生きたのだ。とにかく、働いた。これは自分へのご褒美だ。明日、またここに来られる。その前にはするべきことが山積みだ。