閻魔の前で2

壮年の男ながら髪が真っ白な男が進み出て、

どうぞ閻魔様私を地獄へ落として下さい

私は妻を殺しました

若い時から一緒に苦労した妻を ──

何の言い逃れもしません、又できません

ウーム、そうだな、お前の言うとおりだろうよ

わしも時には簡単にすまして帰りたいのだ

正直にありのままに言ってしまいなさい

心が軽くなる

地獄へ行っても誰もうらむでないぞ

わしをもな、

ええ、それは勿論です

私は妻の首をしめた悪い男ですから

しかも妻は若い時から働き者で通った評判者で ──

そうか、しかし何故そんな良い妻を殺したのかな?

何か悪い気の迷いでもあったのかな?

ええ、そうでしょう

あの日は朝からおかしな日だったんです

妻は朝からお祭りのために晴れ着を着て

私の買った唯一の晴れ着を着て

末の子とはしゃいでいました

どうも私は風邪気味ですぐれぬ気分だったんです

そこに私の母が来まして

つまらぬ事で口論になったんです

晴れ着を着た妻と、ほんとにつまらぬ事で ──

私はカッとしたのです、

母は女手一つで私を育てました

ささいな事に口答をしなくても良いのです、

私を育てた母には

だから声を荒げて私も叱ったんです

だけど妻は

その日にかぎって憎々し気に私を罵倒した

ますます私はカッとして

思わず妻の所にかけよりあの細い首を ──

あの細い首をしめてしまった ──

その時赤鬼が閻魔の耳に近づいて

何やらひそひそと三言か四言ささやいた

閻魔の顔がサッと赤く、鬼より赤く染まった

そして大音声にどなった

それは地上まで聞こえた

男よ! そこの男!

いつわるでない、(まこと)を話せ! 

お前は二人をかばっておる、妻と息子を

不貞な妻と親殺しの中学生の息子をだ

お祖母ちゃんは嫁の不貞をなじったのだ

大分前から母の不貞を

知っていた息子は悩んでいた

母とそれから伯父の不義を知っていたのだ

そして汚らしい大人の世界と

不幸な運命をのろっていた

その時祖母が告発した、

もうだめだと息子は母を殺した

男よ、泣くな、泣かなくても良い

つらい運命だな

お前は全ての罪をかぶろうとした

妻の、息子の、

そしてことをあばいた母のものさえ

天国へ行け、天へ登って休息をしろ、

そこで心を休めろ ──

写真を拡大 「斑点模様黒服の女」ー油彩、F10ー