小説 『アイアムハウス』 【新連載】 由野 寿和 静岡県一家三人殺害事件発生。その家はまるで息をするかのように、いや怒っているかのように、大きく立ちはだかり悠然としていた 午前十一時。サイレンを鳴らさず、車両は静岡県藤市十燈荘(じゅっとうそう)に到着した。静岡中央市にある県警本部から十燈荘までは、藤湖をぐるっと大回りして藤市経由でトンネルを通り、小山を登ることになる。藤湖を見下ろす高級住宅街、十燈荘は、土曜の昼だが活気はない。既に外部への交通規制が敷かれているとはいえ、不気味に静まり返っている。ここで殺人事件があったことを、住民達が知っている気配はなかった。その家…
小説 『ヴァネッサの伝言 故郷』 【第5回】 中條 てい 十六歳になったばかりの少年、ラフィール。近寄りがたかった美貌を持つ兄ガブリエルに比べると、親しみやすい表情をしているが… 「ジェローム様のご返事は何と?」「ふん、あんな者は何の遣いにもならぬわ。再三尻(しり)を突いてはみたが、あの倅ではまだまだ親父を説得するのは無理のようだ。何か策を練って、カザルスがどうぞと、自ら鍛冶職人の二人や三人差し出してくるような手を考えねばならぬが……」異母弟の自分よりも、兄王は同い年の従兄弟カザルスと親しい関係だ。先手を打ったカザルスに対して、普通にあたればどうしたって自分の方が分が悪い…