栗原周平は滝山みどりと一緒に谷底に墜落死しているところを観光客によって発見された。場所は吾妻連峰のひとつ一切経山のつばくろ谷で、は十月十三日の夜九時から翌朝三時までと推定されている。ふたりはつばくろ谷の展望台から飛び降りたもので、全身強打による死亡と診断された。
展望台の駐車場には乗ってきたレンタカーが放置され、福島駅東口や磐梯吾妻スカイラインの浄土平レストハウスなどで目撃されていることから、目撃譚だけをつなげれば、ふたりは十三日の昼過ぎに福島駅に現れ、駅前でレンタカーを借り、磐梯吾妻スカイラインに向かい、浄土平レストハウスなどで時間を過ごしたあと、つばくろ谷に移動し墜落死したことになる。
「警察としては覚悟の自殺、まぁ心中事件と見做しています。あそこさ自殺の名所で、今年で三件目です」
話し終えたあと、多門はポケットからたばこと携帯灰皿を取り出し、せわしげにライターで火をつけた。
「滝山みどりさんというのはどんな女性なんですか」
左沢は初めて聞く名前だった。周平から聞いた記憶はまったくない。
「左沢さん、ご存知ねぇですか、埼玉の大宮の子ですよ。年齢は昭和六十一年生まれだから二十四歳で、今でいうヤンキーってやつで、中学生の頃から大宮駅界隈でゴロさ巻いていたようです。すかす、栗原周平さんと深いお付き合いのあなたが、彼女さご存知なかったとは、少しばっか気になりますね。なにしろふたりは心中するほどの仲だったのですからね」
好々爺然としていた老刑事の目に、一瞬、鋭い光がともった。
左沢は、周平との出会いから最近の仕事ぶり、彼が死の前日に左沢に送信したメールのこと、周平の性格や日常、とりわけ、女性関係のことで浮いたうわさは聞いたことがなく、その周平が心中とはあまりに唐突でにわかには信じられないと訴えた。
「わかりますた、確かにあんま腑に落ちねぇですね。もっかい、初めからしっかり調べ直す必要がありますね」
多門は何度もうなずき、じっと考え込んで、
「そんで、左沢さんは今からどうするつもりですか」、とたばこの灰がテーブルに落ちたところで、思いついたように言った。左沢は、レンタカーでつばくろ谷に行くつもりだと答え、時間が許せば周平の生家にも寄ってみたいから住所を教えてほしいとお願いした。
多門はしばらく考えたあと、自分が案内するから署の表門で待っているようにと言って、左沢の返事も待たずに席を立っていった。