ジャーナリスト・作家 Marcelle Auclair
マルセル・オクレー 1899.11.11 モンリュソン─ 1983.6.6 パリ
建築家のヴィクトール・オクレーとその妻ウージェニー・ラトーの間に生まれたマルセル・オクレーは、1906年、3000人以上の死者を出したチリでの地震復興のため現地に赴いた家族と共に1924年までそこで過ごします。
パリに戻ったマルセルは、1926年4月28日に小説家でアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの親友であったジャン・プレヴォと結婚し3人の子宝に恵まれました。
スペイン語も堪能であったマルセルは、歴史的文学的に重要な文献をスペイン語からフランス語に翻訳し、自伝的作品や通俗心理学、子供のための宗教書やキリストの芸術的絵画を紹介する本を執筆しました。
1937年まで左翼系の文学・政治的新聞であった「マリアンヌ」社で働きますが、実業家のジャン・プルヴォとファッション雑誌「マリー・クレール」を創刊します。マルセルはジャン・プルヴォと「マリー・クレール」での仕事をドイツ軍の侵攻による休刊まで、そして1954年、月刊誌としての再刊後も続けます。
マリーは1926年、NRF 社から出版されたマルセルの小説『運命の変化』のためにデッサンで、そして1938年には油彩画で彼女の肖像を描き留めます。第二次世界大戦後、キリスト教に傾倒したマリーとマルセルは、修道女のジュヌヴィエーヴ・ガロワのもとへ共通の友人ローズ・アドラーと3人で通います。
マルセルは1983年6月6日パリ14区で83年の生涯を閉じます。