「こんなに雪が積もって、大変だったでしょうね。ありがとうございます」
凛として同時に柔らかいアルトの声が自分に向かっている。初めて目を合わせた瞬間、雪景色に花火が上がった気がした。前夜、残業の後に更なるサービス残業でタイヤをわざわざスタッドレスに取り換えた。本当に良かったと心中こぶしを突き上げた。
「これくらい平気です。祖父母んち雪国だから二階の窓から外に出てたことあります」
彼女の両目の下がぷくっと膨らみ、その笑みと共に女神が降臨した。高校出て社会人になったら自信など砕け散ることばかりだった。
「孝一さんのそういうところがいい」
女神は慰めてくれた。
「孝一さんは自信家じゃないところがいい」
自分をはっきりと肯定できるヤツなんて、いったい、どれくらいいるんだろう? 虚勢を張るヤツは多い。他人には虚勢に見えても本人が思い込めば自信なのかもしれない。俺にはできない。
孝子が連絡をくれなくなったあの年の終わり頃、ストーカーという聞き慣れない言葉が話題になった。かつてナオミの社員寮の近くで立ち話のおばちゃんたちにジロジロ見られていたことが思い出された。孝子に何度も電話したが出なかった。嫌われたら我慢するんだ。犯罪なんだ。孝子の甘い声がいまだに耳の中で回り続けるのに。一人で孝子を夢み続けた。そして自分の叫びで目が覚める深夜。
ナオミも孝子も、大学出た次男を見つけたんだろう、と孝一は自分に言い聞かせてきた。好きな人が幸せになれるんなら、それでいいはずだろ?
孝一の数あるコンプレックスの一つは学歴だった。大学を目指すことが普通の家庭環境ではなかった。そんな家庭があると知ったのは就職してからだった。中学時代、同級生が
「塾に行いかんと親がうっせーんだ」
と文句を言うのを聞いて可哀そうだと勘違いしていた。会社には大卒同期が四人いた。ソウイウ仕事はボクがすることじゃアリマセンってか。大卒、カラダ動かせバカヤロッ。
気が利かねぇくせに傷つき易いおぼっちゃま方。傷つき易いほど他人には無神経。まわりで何があっても自分の中しか見てねえ。よくいや集中力があるっていうんだろうけどチームにいるとすっげぇメーワク。計算のスピードも記憶力も高卒の方がまし。なのに月給が高卒より何万円も高い。ボーナスは月給が基本だから、年収の差はますます大きい。昇給率も違う。