野球馬鹿
枯葉が幸太の足元で舞い上がり、渦を巻いた。先ほどからズボンの裾に木枯らしがまとわり付いている。歩を進めるたびに裾がひしゃげて歩きにくい。民家の庭に咲いているポインセチアの赤い花が、冷たい風のなすがままに右に左に大きくざわついている。
不意にその庭から何か黒い影が現れ、幸太の目の前を走り抜けると、向かいの家の木戸の下をくぐって消えた。幸太は一瞬立ちすくみ、周囲を見渡した。夕暮れ時の街はみな色あせて、寒々とした灰色がかっていく。
「さぶっ」
木枯らしの先鋒が向きを変え、唸り声を上げて幸太の襟元に侵入してきた。氷を当てられたように背中がゾクゾクする。
「ちくしょう」
幸太は呟き、背を丸めてコートの襟を立てた。こんなことなら香織に車で送ってもらうのだった。いつもなら面倒くさがるのに、この日は珍しく申し出てくれていた。
「お父ちゃん、今日は風が冷たいけえ送っていこうか?」
「ええよ、お母ちゃん。大した距離じゃあないけえ歩いていく」
少し間を開けて返事をした。香織は幸太の顔をじっと見つめ、
「そう? じゃあ気をつけてね。ほどほどに」
そう言ってダイニングに向かった。
幸太には多少引け目があった。今日は仲間内の新年会ではあるが、毎月何かにかこつけて飲み会をやっていた。幸太は酒が大好きというわけではない。むしろ弱い。先日など飲み過ぎて歩けなくなり、仲間に連れて帰ってもらった。その時のことはよく覚えてなくて、ずいぶんと香織に迷惑をかけたらしい。
それともうひとつ、香織は幸太がかなりの割合で、その仲間たちと行動していることに不満をもっているようだ。仲間たちというのは多くが幸太の中学時代の野球部のメンバーで、十年ほど前にチームを作って福山市の軟式野球連盟に加入した。
元々、幸太は市役所のチームに所属していたが、地元の仲間たちに乞われて参加した。春から秋にかけて、ほとんど毎週日曜日には試合がある。それに反省会とかの名目でやたら外出する。度が過ぎているのだ。そんなこともあり、香織の申し出を断ったのだった。
矢吹幸太は現在三十九歳で二児の父親である。長男幸佑と次男幸司は小学生なのだが、参観日や運動会などの行事になかなか参加してやれない。たいていは香織か、幸太の父親の雅也が幸太の代わりに参加している。
「幸太、付き合いも大事じゃろうが、幸佑らの気持ちも考えてやれ。この野球馬鹿が」
父からいつもそう言われる。