その頃、松野忠司はある事件の調査に携わっていた。首都圏のある病院で数年前にあった事務長の自殺事件である。

松野がその事件に関わるようになったきっかけは旧知の間柄の弁護士、森嶋誠治の依頼によるものだった。事件のあった病院は東京都と神奈川県の境にまたがる新興都市にある総合病院だった。

元は個人経営の医院だったが町が市に昇格し、東京や横浜の衛星都市として一九七〇年代にアパート建設、宅地の開発などで発展するのに合わせて、経営を拡大して中規模病院になった。その市では唯一の総合病院である。

その事件は問題の病院の事務長が、三年近くの間薬品会社の注文書を偽造し、大量の薬を発注したかのように装い、その薬を実際には使っていない患者に処方したかのようにカルテを改ざんして、病院と健康保険組合の双方から金を詐取したというものであった。

病院のカルテの不正が発覚して警察が詳しい事情聴取をしようという矢先に渦中の中心人物、当時の病院事務長・山本哲也が自殺した。かれこれ四年前の事件である。

事務長の妻は、夫はカルテの改ざんに関わっていないと訴え出た。しかし彼女の訴えは却下された。彼女の夫が不正に関わっていたことには証拠がある。その不正で得た利益を、事務長はこっそり隠して自分のものにしたというのが警察の見解だ。それ以来事務長の妻はずっと夫の無実を訴え続けている。

事務長の妻は夫が命を落としたのは諦めるとしても、夫の汚名だけは何としてもそそぎたいと言っている。話を聞いてやってくれないかというものだった。

「その人物が自殺したというのは確かなんですか?」

「遺書が見つかっているそうだ」

「その件は四年前のことだと言われましたね? その間全然進展がなく、警察も相手にしないとなると、取りつく方法は限られてしまいますが?」

弁護士はうなずいて言った。

「確かにそうだが彼女は絶対に諦めないと言っている。警察や報道関係、市民団体などに夫の無実を訴え続けている。ダメもとで調べてやってくれないか?」

松野はその亡くなった人物の妻という女性のイメージを自分の中で想像してみる。夫の死を受け入れることが出来ずに、一途に思いつめている世間知らずの中年女性――弁護士も解決の方法が分からずに、ジャーナリストなる商売を張っている彼に丸投げして厄介払いしたがっている。

どうやら森嶋の知人録の中で松野は揉め事の果てに、どうしようもなくなったゴミ処理業者という位置付けらしい。はたして弁護士は次のように締めくくった。

「現役の若手ジャーナリストが頑張ってみても望みがないとなると、彼女も諦めがつくんじゃないだろうか」

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