第3話 筑豊の暴れん坊

文左衛門は鉱山(やま)を見て愕然とした。鉱山そのものも荒れていたが、人の心も()さんでいた。

まずは、炭鉱夫の暮らしをまともなものに変えなければならない。鉱夫を一堂に集め、仕事の安全と待遇の改善を約束する。夢物語のような話を耳にして、ポカンと口を開けている鉱夫たち。

坑道(あな)に落盤事故はつきもんだ。命の保証なんか、あるわけねえ。俺の親父も落盤事故で死んじまった。そんな話は絵空事じゃ」

若い鉱夫が吐き出すようにほざく。

実はこの若造、今は一介の炭鉱夫に身をやつしているが、血筋をさかのぼれば、肥後の殿様に行きつく逸物(いちもつ)。筑豊の暴れん坊の異名を持ち、のちのち、東京は浅草、花川戸の長兵衛親分として名を揚げる細川源太である。

筑豊を流れる遠賀川(おんががわ)の流域は、川筋(かわすじ)気質(かたぎ)と呼ばれるほど気性が荒い。その川筋にあって、ひときわ恐れられていたのが、ごっつい体とひとたび食らいついたら死んでも離れない負けん気の塊、源太である。

(夕日が沈むあの八木山峠の向こうには、いったいどんな世界が広がっているのだろう?)

狭い飯塚の町から出たことのない源太。物心がつき始めた頃からそんな夢を見ながら育った。毎日、休みなく石炭を掘る父、掘り出した石炭をより分ける選炭婦の母。両親が真っ黒になって働いても生活は楽にならない。

(こんな生活は真っ平ごめんだ。今に見ていろ、俺だって!)と、夢見る源太。話に聞けば、あの峠の向こうには篠栗の町があり、さらに進めば福岡という大きな町があるのだという。福岡へ行って一旗揚げたい。源太はでっかい夢を胸に秘めて大きくなった。

そうはいっても簡単にはかなわぬ夢。その鬱積(うっせき)した不満が、源太を筑豊一の暴れん坊に仕立てた。

父の後を追って鉱山という荒くれ男の世界に入ったものの、生活はどん底。見果てぬ夢への積み重なった思いが、乱暴狼藉となって噴き出てきたのであった。幼くして、はやり病で母を亡くし、今また落盤事故で父を亡くし、悲嘆のどん底に突き落とされた源太。そんな辛い毎日が続いた。

組頭の父と共に命を落とした炭鉱夫、田中勝の妻、志乃も同じ苦しみを味わっていた。五人の遺児を抱え、選炭婦として食うや食わずの生活をしているのを、源太は黙って見ているわけにはいかなかった。

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