洋介はこの頃週に二回、東京郊外の町に空手の稽古に通っていた。コロナウイルスが猖獗する前は週末だけその町の空手道場に通っていたが、テレワークが固定化すると運動不足を補う為もあって週二回に増やした。
空手道場の先生は彼の学生時代からの付き合いで、都心にも出張道場を持っていたが、彼の現在住んでいるところからだと郊外の道場の方が電車での距離は余り変わらず、しかも広々として気持ち良く、弟子の数も少なくて丁寧に指導してもらえた。
天気のいい日はバイクを駆って自宅から郊外のその町まで国道を走り抜ける。気分もいいし時間も十五分は節約出来た。彼は稽古の前に駅前のコンビニの店先にあるイートインで、軽く何か胃袋にもたれないものを入れることにしていた。
何か食べておかないと激しい運動に体が持たない。そうかと言って食べ過ぎてもいけないのでサンドイッチとかスナック風のものを摂るようにしている。
東京とその周辺地域がコロナウイルス・パンデミックの緊急事態宣言の間、コンビニのイートインは多くが閉鎖されていた。最近ようやく飲食業が息を吹き返すのに合わせて少しずつ店を再開してきた。その店は駅前の地の利もあり、比較的早くに店を開いた。
その娘は同じイートインで、一人で弁当を食べていた。どうやらそれが彼女の夕食らしい。アクリル板に挟まれて、緑茶のボトルを脇に置いて一人で黙々と弁当を食べる彼女の姿は寂しそうだった。
大抵はシャツブラウスにジーンズといったカジュアルな格好である。こっちが彼女を見ると向こうもじっと見返してくる。でもその視線は人恋しいとか友達になりたいとかいうのではなく、好奇心と無関心の入り混じった奇妙な視線だった。
(あなたがその気なら話してもいいわ、でもどっちみち私にはどうでもいいのよ)と言っているような、熱意のない、でも一度見かけると妙にしつこく見返してくる視線だった。