弐
深夜になり、玄関のチャイムが鳴る。夜間は、夫婦の寝室のところだけで鳴るようになっており、子供たちには聞こえない。裕美が玄関に行くと、次の日の朝食と夕食が届いた。
朝食用の味噌汁は、日本橋の料亭から鍋が届き、これを朝温めるとおいしい味噌汁となる。魚も、築地の料亭の焼き魚を取り寄せ、これを朝、電子レンジにかけるのである。夕食はイタリアン、これも銀座の有名店のものである。贅沢にみせないが、実に贅沢なのである。
作る暇がないのが最大の理由ではあるが、母が作っていると思わせるのも教育なのである。そして、一流の味を知らず知らずに覚えさせるというのも、教育だと思っている。
裕美は、届いた料理を冷蔵庫に移しながら、「これも、ありがたいけど、毎晩だと面倒ね。今度から、スーパー家政婦さんに一週間分作ってもらおうかしら」
丁度、帰って来た英介がつまもうとすると、裕美が「駄目っ」、と英介の手をはたき、これを制する。英介は、「こんな豪華な食事で大丈夫かな。贅沢させてるってことにならないかな」と心配になったようである。
「おいしい味は知っておいて損はないわ。味覚は子供の時にできるって言うから」
「でも、あんまり口が肥えちゃうと、留学すると、食べるものがなくなるぞ。特に、イギリスはひどいからなあ」
「その時は、何とかなるものよ。自分で作ったっていいんだから」
二人は、一見質素に見えるが、実は豪華な料理たちを前に、満足げではあったが、子供たちに苦労を経験させるために、自分たちも苦労するんだと言いながら、何だか、あんまり苦労になってないような気もする二人ではあった。