二つの青春
「よこせき」
突然、他校の知らない女の子が僕に向かって手を振ってくれた。
当時十四歳の僕は陸上競技部に属していた。
春のシーズンになると記録会という試合のようなことが毎週土曜日に行われる。そのため他校の人との交流は深かった。
僕は名前を呼んでくれた彼女も競技で関わった人の一人だろうと思い、作り笑顔で手を振り返した。「誰だっけ?」僕は必死に記憶をたどってみたが思い出せないままだった。
その数週間後、市の大会の終わりに「よこせき」と呼ばれ僕は振り返った。この間、手を振ってくれた女の子だった。僕はいかにも知っている人のようになりすまして手を振り返した。たまたま隣にいた同級生の友達がにやにやして僕を見ていた。
「あの子、横関のファンだよ」
「ファン?」
僕は思わず聞き返してしまった。
その当時、僕の学校には山本君というルックスが良い短距離のエースがいた。他校の女子はみんな彼に注目していた。だから僕をかっこいいと言った彼女のことがとても意外だった。
「ずっと前から横関のことをかっこいいねって言ってたよ。私と話す時も横関が通るとバーって横関の方に走って行っちゃってたんだよ」
田川さんは笑いながら話していた。そんなことがあったとは気付かなかった。
「田川さんと仲いいの? え? じゃあ、高飛びの子?」
「そうだよ、ゆうちゃんって呼んであげて。絶対喜ぶよ」
「いや、話したことないし」
「でもすごい横関のこと好きだよ」
僕は手を振ってくれたゆうちゃんという女の子の背中を見た。急に彼女に対する好奇心が湧き、何でもいいから彼女と話がしたくなった。
ファンという響きがこんなにも心地の良いものなのだということを初めて知った。