さて、吾輩の犬種はイギリスを原産地とするキャバリア・キング・チャールズ・スパニエルである。
体長は、五十センチメートルほど、体重は、八キログラムほどの小型犬である。
ご主人が、息子から「室内犬を飼いたい!」とせがまれた時に、インターネットで初心者に飼いやすい性格が大人しい室内犬を検索して調べたところ、キャバリアに行きついたという。
確かに、吾輩は十八世紀のイギリスで、犬好きで有名な国王チャールズ一世と二世に気に入られる犬を生み出すために、彼の家来たちが苦心して交配して生み出した犬種らしい。
インターネット百科事典のウィキペディアには、キャバリアの性格を「優しく、遊び好きで、愛情深く物静か。他の犬やペット、見知らぬ人に対しても社交的で、膝の上に乗ったり、スキンシップをしたりするのが好きで、人に触れられるのを好む」と書いてある。
まさに吾輩の性格を正確に描写しているが、簡単にいえば人間の愛玩犬として誕生した犬種であって、番犬としては失格と言われてもやむをえまい。
吾輩がこの家に来てはや三年が経ったが、この家は、結構生活しやすい。
ご主人は、なんと偶然にも漱石氏と同じ職業の英語教師である。
時折、家で大きな声を出して吾輩にはわけの分からない英語の本を音読している。
吾輩もこの家に生活して三年も経つのだから、ご主人、奥さん、息子が会話している日本語はだいたいの意味を理解できるようになってきたが、ご主人が時々音読する「英語」というものは、何が何だかさっぱり意味をつかめない。ただ、耳をそばだてていると、とてもリズミックな言語だと感じ入るばかりである。
しかし、ご主人は犬に英語が通じるかどうかを実験したかったらしく、吾輩がこの家に来て以来、毎朝吾輩を散歩に連れていく前に、英語で「Shall we take a walk?」(シャルウィーテイクアウォーク?「散歩に行こうか?」)と話しかける。
吾輩は、最初「この男は何を言ってるんだ?」と思ったが、散歩用のリード紐(犬の散歩用の紐)を持ちながら話しかけるので合点がいった。犬だって、それくらいのことは推測できる。
そこで、しっぽを振って喜んで玄関の方に小走りに行く習性を身につけた。
ご主人は、中学校で生徒たちに英語の授業をする時に、
「犬だって英語を理解できるんだぞ! 君たちは人間で、もっと知能指数が高いんだから、努力すれば点数が上がるはずだ」と言うのが癖らしい。
しかし、吾輩だって、「Shall we take a walk?」(シャルウィーテイクアウォーク?)以外の英語はさっぱり分からないのだから、ご主人がいう理屈には賛成しかねる。
学校の教師というものは、皆あんな屁理屈を生徒に言い聞かせるものなんだろうか?