気分転換を兼ねて、時々、こうして電車に乗って買物に行くことに両親は温かい眼差しを向けて喜んでくれていることに、美子は素直に甘えていられる自分を幸せだと思わずにはいられなかった。
「そういえば、わたしは、ひとりっ子だけれど他人さまが言うほど寂しいなどと思ったことはない。両親には目いっぱい可愛がられ過保護に育てられて、小さい頃から何ひとつ不自由なく、温室のような温かい環境で過ごしてきた。
そのうえ、成人してからも、社会一般にいわれる厳しい職場に身をおいて苦しむこともない。子供の頃から、このような環境で父母に甘えて平穏に日々を送るのは当然のことで、誰もが同じ思いを持ったまま大人になるものだとばかり思っていた。
でも、現実はわたしの思いとは随分と異なっていると知ったのは、成人してからであったような気がする。誰もが同じではなくて、自分だけが恵まれているとしたならば……。こんなにも平穏で幸せな日々を送ることができるのは、父の人間性と叡智に起因するのではなかろうかと、気付いたのも成人してからであったような気がする。
勿論、先祖代々引き継がれてきた土地や財産は少なからずあるものの、それを少しも減らすことなく守り抜いている上、経済的に不自由しないのは、父が律儀で賢いからではなかろうか。そのうえ、役所に勤めて公務員として生真面目に働いている父は、女の子を育てるのは、温かい璟境でなければならないという優しい考えを持っているからだ。
それにプラスして、休日には必ず尺八を吹き、時には浪花節を語って、わたしと母さんを楽しませてくれたり、車で遠出して知らない土地へ連れて行ってくれたりする父さんを、このうえなく好きだと思いながら、子供の頃から幸せに過ごしていたのは間違いない。
これには母さんの存在も大きいが、勝手気ままに買物をさせてもらえるのは、父さんの経済力に因るものだ。やはり一番には、父さんに感謝しなければいけない」と、美子は思い付いた。