大型船舶は、ガソリン自動車のようにセルモーターで始動するのとは違い、最初、空気蓄圧器(エアコンプレッサー)で蓄えてある圧縮空気を、機関のピストン内に送り、勢いをつけて回し始める。そのため、フライホールというバランサー兼はずみウエイトもクランク軸に付いている。それから、燃料弁を開き、燃料を送り、ピストンの上下運動による圧縮と爆発、排気、吸入を繰り返しながら、機関は動く(プロペラ軸を回転させる)のである。
続けて、「錨を上げろ!」と命令が出て、「ググーッ、ググーッ」と船首にある大きな二つの錨が引き上げられる。
「戦艦むさし、出撃!」
と長内艦長が全乗組員に命令を出す。
「オール・ハンズオンデッキ(総員出入港部署につけ)」
「オール・ハンズオンデッキ」
と繰り返し、命令が出た。ゆっくりと戦艦むさしは、呉港を出航していく。
「おーい、お国のために頑張ってこいよ!」
「がんばれ!」
と次々、呉港の岸壁から大勢の海軍関係者が大声を張り上げ、帽振れで見送る。
「がんばってくるぞ!」
と戦艦むさしの全乗組員たちも上甲板に出て、手を振り同様に大声で見送りにこたえた。戦艦むさしは、静かに呉港を出航した。
「舵中央、このまましばらく直進せよ!」
と艦長の命令。
「舵中央、このまましばらく直進させます、ヨーソロー!」
とアンサーバックが返ってくる。出航後、しばらくは静穏な瀬戸内海を航行し、艦内は勢いづいた若い乗組員たちのにぎやかな話し声で盛り上がっていった。
「どんないくさになるだろうな?」
「敵は数が多いのかな?」
「敵はどんな戦艦が来るんだろうな?」
「おれは、おれは何隻撃沈するんだ」
という勇ましい話が艦内のあちこちで飛び交っていた。