第一章 屈折した凶行

ようやくもの差しを添えての撮影だ。吉岡は決して検視時に声を荒げない。理由は神聖なご遺体に対して失礼と考えることが一番だが、警察の仕事で一番皆が嫌がる検視を、暗い雰囲気にしたくないのも大きな理由だ。たまには遺族や病院関係者に聞こえないように冗談を飛ばすこともある。

暗い仕事での叱責、大声は基本厳禁という方針は一応未だ破られてはいない。検視を終え捜査本部に向かった。

福岡署6階の大会議室では、カマキリが捜査員を前に指示の最中だった。吉岡は黙って会議室の上段に備えられた席に座る。じろっとひと睨みしたカマキリが続けた。

「みんなも分かっているだろうが、被害者の無念を晴らす、この一言です。“粉骨砕身”そのつもりで! これから休みはしばらく取れないでしょう、休みたいなんていう刑事がいないことも知っています。頑張ろう!」

とにかく精神論と四文字熟語が好きなのは警察幹部の常である。現場経験はないが、よく口は回り、これから誰もが考えている一般的な捜査論が始まるかと思ったら、班長以下の捜査員はただ俯いて時間の無駄と戦うしかなかった。

その時、ドアが開く音がした。カマキリは再度話を途切れさせたドア方向を睨みつけた。が瞬時に満面の笑顔に変わった。入ってきたのは刑事部長の南田大輔だ。

58歳になる南田は小柄で痩せており一見貧相に見えるが、決断力の速さはベテラン刑事を圧倒し、カミソリといわれる程の頭の切れを持つ。捜査経験はほとんどないものの、部下からの信頼の厚さと本部長へもずけずけ意見する頼もしさは、警務筋の異端児として若いころから抜きん出ていた。 

「あら、管理官ゴメンね、邪魔にならんようにするけん。後から今まで分かってること聞かせてくれな」

「いや~部長ご苦労様です、ちょうど終わろうとしていたんですよ。どうぞどうぞこちらへ、ご訓示をお願い致します」

その瞬間「嘘つけ!」という声が捜査員の中から聞こえた。カマキリは顔を赤らめて睨みつけたが、誰が言ったか分かる訳がない。