チューリップ
♪『ロマンス』(岩崎宏美)
2021年4月13日のあるスポーツ新聞の一面は、松山英樹がグリーンジャケットに袖を通す写真だった。男子ゴルフのメジャー四大会の一つ、マスターズで、松山英樹は日本男子初のメジャー制覇を成し遂げたのだ。このニュースと各界の著名人からの祝福の言葉が、二十四ページの新聞の中の九ページを占めた。多くの人が感涙にむせぶゴルフの大会だった。
グリーンジャケットの色合いから、チューリップの葉が私の頭に浮かんだ。ユリ咲き、フリンジ咲き、八重咲きなど品種の豊富なチューリップは、オランダ・ハンガリー・ベルギー・イラン・アフガニスタン・トルコの国花だ。
国内では、富山県砺波市が栽培面積日本一を誇っている。毎年「となみチューリップフェア」が開かれ、三百万本ものチューリップが見応え十分である。「チューリップのなかのあかちゃん」という、いわさきちひろの絵がある。輪郭線を使わずに、水彩の濃淡で質感や量感を表現していて、あかちゃんと三色のチューリップが、見る人を夢や空想の世界に導いてくれる。
この絵が醸し出す雰囲気は、高校生でデビューした岩崎宏美の二枚目のシングル『ロマンス』と共通するものを感じさせる。初々しさと、完成度の高さが同居している点である。
最近読んだ本で、チューリップの風景があったのは、永井荷風の短編集『ふらんす物語』(新潮文庫)だった。「五色に色分けしたチューリップの花が明るい日光を受けて錦の織模様のよう」とある。
二十世紀初頭にパリの南東のリヨンで暮らした永井荷風は、フランスをこよなく愛した。「フランス特有の紫色した黄昏が夢の如く巴里全市を蔽う」とも「その美しさ、その賑やかさ、その趣ある景色は一度巴里に足を踏み入れたものの長く忘れ得ぬ色彩と音響との混乱である」とも書いている。
私も巴里に憧れて、八年前に観光旅行をした。オペラ座の近くの、こじんまりしたホテルに泊まって、毎日歩き回った。美術館を巡り、宮殿を散歩し、ムール貝とカヌレを食べた。
大崎善生の小説『九月の四分の一』で知った「九月四日」という名の駅も見た。セーヌ川に架かる橋の上で、高校生位の女の子達に取り囲まれて、ショルダーバッグを奪い取られそうになったが、パリの魅力の片鱗に触れた十日間だった。近い将来、再びフランスを訪ねてみたい。永井荷風が敬愛したフランスをより身近に感じるために。