榎本さんの奥さんは驚いて、

「にゃん太郎。これどこから持って来たの?」

「自分で食べないで、私達に持って来たの?」と語気荒く詰め寄って来る。

榎本さんも同様に驚いているが、状況が分かってきた様子で、ニヤニヤしている。「もしかして山川さんの店からくわえて来たのかもしれないな。これは困ったぞ。山川さんに確認すべきだな。にゃん太郎君」と言うんだ。

食べてくれるどころの話ではない。俺がはっぱえびせんをくわえて持って来たことが問題になっている。すぐに榎本さんの奥さんが山川商店に確認に行き、はっぱえびせんの代金を払って戻って来た。

榎本さんの奥さんの話はこうだ。山川さん曰く「さっき、品数を点検した時は、はっぱえびせんは5袋あったが、今は4袋しかない。1袋いつの間にかなくなっている」と。目撃者はいないが、状況証拠で俺が盗んで行ったことにされた訳だ。まあ事実はそうに違いないんだけどさ。

俺は榎本さんから「にゃん太郎。よく聞けよ。よその家から無断で物を持って来ると、泥棒ということになるんだ。ましてや、山川さんところはお店だ。お金を払って物を買うんだ。猫はお金を持っていないから、買い物はできないってこと分かるな。だから二度と山川商店には行ってはいけない」と説教された。

榎本さんは、猫が人間の言葉が分からないことは分かっているのに、猫に本気で説教している。叱られながらもそれがおかしくて、何かほんわかした気分になった。榎本さんは真面目でいい人なんだと再認識したよ。

しかし、榎本さんの論法は人間本位なもの。猫の立場から言わせてもらうとナンセンス。猫が物を得る方法は、人間からいただくか、自分で取って来るかの二通りしかない。どんな上品な猫でも、よその家が開いていて、そこに好物の食べ物があったら、それを取って来るよ。それは猫の本能、習性である。猫のこの行為は「人間の目からみれば泥棒である」ということに過ぎないんだ。

むしろ今回の件は、泥棒かどうかより、猫が飼い主のために好物をわざわざ持って来た。自分が食べたい衝動を抑えながら、飼い主に食べてもらおうとして起こしたことだ。「思いやり」とか「孝行」と考えて欲しいのだ。俺には榎本さんを喜ばせたい一念しかなかったんだ。その点を分かってもらえなかったのが無念で仕方ない。これが俺の本音だ。