高野の教育係ということになっているさおりは、来客にしどろもどろで説明を始める高野につい手を貸しそうになって留まる。課の中ではまるで漫才師みたいにみんなを笑わせているのに(ちょっとバカすぎるけど)、窓口ではカミカミだ。これで、前の課では評価が高かったらしいけど、疑問だ。これを内弁慶と言うのだろうか……。
福祉の窓口は、いろいろなケースの市民が困った状態でやって来る。
まずは、来庁者の話をよく聞くことだ。何を求めているのか、それにはどういう手続きが必要なのか。手続きの場所はここでいいのか。必要な書類を持参しているか、などなど。
一番大切なのは、規則に反しないこと。そして、納得してもらうこと。
来庁者は50歳ぐらいの夫婦らしき男女。高野がどうにか対応しているが、大丈夫かな。
窓口を気にしながら、さおりは、手元の書類に目を落とした。ペン字学習の見本のような美しい字で氏名、住所が書き込んである。
母子家庭、下の子が6月生まれで4歳になったばかりか。生活保護費支給申請書に門外不出のマル秘書類が添付されている。未だ調停中。世田谷区役所からの申し送り書類だ。以前の姓は南雲。別れた夫は、世田谷区本町3丁目の南雲総合病院副院長、南雲佳宏。原田は旧姓ではない。
どこか世間離れした感じのおっとりした女性だった。子どもをあやしていたら、感謝の眼差しを向けてきたし、たどたどしい高野の説明を熱心に聞いていた。この市に転入してきたばかりだと言っていたが、誰も知らない街で、何もかも一人で背負っていくにはあまりに頼りなく、誰かにすぐ騙されてしまいそうな印象を受けた。手続きが済むと、親子で深々とお辞儀をしてお礼を言っていたけれど、この街に早く慣れてくれるといいなと思う。
ケースワーカーの話では、スーパーのレジ打ちの仕事が決まっているというが、大丈夫だろうか。