第一章「新しい街」

空調が不調か?

室温はかなり上がっているはずだが、冷房は入らない。T市を挙げて電気使用量を節約する方針を市民向けに発表したばかりだ。梅雨時の今は、空気だけを循環させているらしい。古い庁舎だから空調設備にも年季が入っていて、機能にもムラがある。福祉課のある2階の西の角は冷房も暖房も効きが悪い。特に午後になると西日が差し込んで室温は急上昇だ。

水谷さおりは、籠った空気を排出させるべく自席後ろの窓を開けた。湿った空気が入ってくる。

「ふー、あんまり変わらないか」

さおりがつぶやくと、

「いえいえ先輩、頭の中にも新鮮な空気が入ってきましたよ」

4月に環境整備課から異動してきた隣席の高野健太郎がおちゃらけた調子で言う。さおりは、高野をチラ見して、「反動で頭の中のものが、みんな外に出ちゃうんじゃないの」と、半ば本気で忠告する。

高野が慌てて両掌(りょうて)で頭を押さえる。長身の高野のジェスチャーはやけに目立つ。周りの同僚たちがクスクスと笑い、斜め前の入江福祉課長がまた始まったという顔をする。

「水谷先輩、午前中の……原田さんの書類整いましたんでハンコお願いします」

まだ片手で頭を押さえながら、高野が書類をさおりに差し出す。

「それにしてもかわいかったですよね、子どもたち二人。先輩、子どもの取り扱い上手いっすね」などと高野はあくまで調子がいい。

「取り扱い? 機械じゃあるまいし。下の子が今にも泣きそうな顔していたでしょ。子どもが泣き出したら仕事が進まなくなるから素早く対処しなくちゃ」

「さすが人生の先輩」

ボコッ。さおりは、書類を挟んだ決裁板で高野の頭を直撃してしまった。

「イテッ、先輩、頭はまずいっすよ。せっかく詰め込んだ知識が飛んじゃいまっす」

飛んだ知識を掴むつもりか、空中に手を伸ばして掌を開いたり握ったり。

「バカッ」

さおりは思ったより強かった打撃をごまかすように言った。

「バカ5回目。次から罰金ね」

何か叫びそうになった高野は、窓口の来客に気付き言葉を呑み込むと、慌ててカウンターに出ていった。