「瑠衣へ」
瑠衣、この手紙を読むとき、お父さんはこの世にいないでしょう。
お父さんは心の底から後悔してます。
父として、取り返しのつかない罪を犯しました。
許してくれとは、言いません。
お父さんを憎んで、憎んで。憎み切ってください。
『一闡提の輩』どうしようもない父として、喜んで地獄に落ちます。
お父さんは、瑠衣が生まれたとき、本当に嬉しかった。
生まれて間もなく、かわいさのあまり瑠衣を抱き上げ、ほおずりをして大泣きされたときの顔、今でも忘れません。
お母さんの乳の出が細かったので、粉ミルクを溶かし、ちょうど飲みやすい温度になるまで冷まし、瑠衣の口に哺乳瓶の乳首を含ませようとしました。ところが最初なかなかうまくいかず、瑠衣を思い切り泣かせてしまいました。夜泣きする瑠衣を抱っこし家の外に出て星空を眺め、自作の子守唄を歌いながら、おしりをメトロノームのように軽く叩くと、いつの間にか寝てしまっていました。
おしめを取り換えるとき、一苦労でした。紙おむつは貴重品で、白い木綿の生地で作ったおしめを、お母さんが消毒し洗って干し、繰り返し使ってました。
深夜、瑠衣をあやすことが多くお父さんの寝る時間が短くなり、工場に行っても仕事がはかどりません。でも、瑠衣の顔を見たくて家に帰るのが楽しくて仕方がありませんでした。抱っこしているとき、瑠衣はいつも私を見つめてました。瞳がかわいくて、いつまでも、いつまでも瑠衣の顔を見ていると飽きることがありません。
そう、よちよち歩きできるようになり、瑠衣お好みの色でお母さんに編んでもらった花籠を持って、よく一緒に花摘みに行きましたね。大人が気づかない小さな黄色い花が好きで、いっぱい籠に入れ持ち帰りお母さんに活けてもらい喜んでました。瑠衣はお気に入りの花を前にお昼ご飯を食べたり、好きなヨーグルトを口の周りを白くしながら流し込むようにして食べてました。
あーあーそうそう、幼稚園に初めて登園するとき、恥ずかしがり屋の瑠衣は、お母さんの後ろに隠れてました。ところが、幼稚園の先生になりたての奈菜先生が瑠衣を見かけるやいなや、「瑠衣ちゃん、先生も恥ずかしがり屋だったの!」と言って瑠衣の両手をしっかりと握ってくれました。瑠衣はすっかり奈菜先生が好きになり、毎日楽しそうに幼稚園に通ってました。
小学校に入ってからの瑠衣は、見違えるように活発な子に育ち、お父さんはなんの心配もなく工場に行くことができました。近所のお友達とも一輪車や自転車に乗り、男顔負けの存在でした。
夏休みのあるとき、家族でキャンプをしようということになり、テントを借り、お肉や野菜を焼いたバーベキューの昼ご飯が終わりかけたころ、だんだん雲行きがおかしくなり、急いでテントを張ったが間に合わず、びしょ濡れになったこと覚えてますか。小さかったから、忘れてるかな。ほかの人たちも、バーベキューを早々と切り上げ、「キャーキャー」騒ぎながらテントに入りました。なかなか雨が止まず、そのうち雷もひどくなって、テントの中に敷いたシートの上まで下の芝生から雨がしみ込んできて、みんなで大慌てしました。
雷が「ピカッ」とひかり、「ゴロゴロ、ドスン。ドドスン、ドドーン」と落ちるたび、瑠衣はお父さんやお母さんに抱きつき、それでも気丈にも家から持ってきたおもちゃのショベルで水をテントの外にかき出し、「あめさん。あめさん、もうおしまい。もうおしまい」とかわいい声でブツブツしゃべってました。お母さんは瑠衣のその仕草を面白がってシャッターを切り、そのときの写真は今でも大事にしまってありますよ。