「それで君は私を呼んで何をするつもりだ?」
ハツがそう聞くと風太は冷蔵庫から中身がパンパンに詰まったビニール袋を取り出した。中に入っているのはすべて、真っ赤なトウガラシである。風太は言った。
「トウガラシ爆弾を製造する」
言動は馬鹿丸出しであるが風太の意気込みは本物であった。
「相変わらず君は阿呆だな」とハツが笑って、風太を電気でチクチクとする。
「そう言うな、これは一つの可能性だ」
トウガラシ爆弾は風太が大学の三回生の春頃から研究を重ね、一年半の年月を経てようやく完成させた兵器である。その手塩にかけて製造方法を考案したトウガラシ爆弾を使用したことは一度もないので、その威力は未知数である。
「いざという時にしかトウガラシ爆弾は使わない」
風太はそう言った。トウガラシ爆弾を使わないですむことをひしひしと願った。トウガラシ爆弾を使った本人にも被害が及ぶに違いないからだ。
それから三時間、風太とハツはトウガラシを切り刻み、磨り潰す作業に明け暮れた。赤々と染まっていく指先が、トウガラシ爆弾の極悪さを物語っているように思えた。トウガラシを刻み始めて三十分もすれば彼らの目に涙が浮かび、一時間もすれば止めどもなく溢れ出していく。トウガラシを磨り潰した時に出るエキスのようなものが、目を「これでもか!」という具合に痛めつけてくるのであった。
「ゴーグルとか無かったの?」
ハツはそう聞いたが、風太が海に行くような爽やか系男子で無かったことは承知している。二人は無言のまま延々と泣き続け、何とかトウガラシ爆弾を作ることに成功した。「これぞ涙の結晶だあ」と二人は互いの健闘ぶりを讃え合った。しかし涙の結晶という割には大福のような形と柔らかさであり、どことなく精神を脱力させる雰囲気を持ち合わせている。爆弾と称するにはやや緊張感に欠けた。しかし細かいことは気にするな。
「頑張れよ」
帰り際、ドアの前でハツは風太にそう言った。
「助けてやりたい気持ちもあるが、明日は俺も仕事だ」
「ああ、そこまでしなくていいさ」と風太は言う。
「南雲さんは不幸の多い人だからね、きっと色々と考えてしまうのだと思う」とハツが真面目な顔で言うものだから、「お前、南雲さんの何を知っているのだ?」と風太が聞く。するとハツは「いや、ただの憶測さ」と適当な返事をして笑いながら部屋を出て行った。ドアノブに相当な威力の静電気が溜まったと思われる。
「適当ばっかり言う奴だな」と風太はドアに向かって言った。
しかし、楽な人生ではないだろうなあと、風太は南雲さんに思いを馳せながら風呂に入る。明日のサイン会に備え残り僅かな入浴剤を全部使って、湯船を橙色に染めた。思わず風太は「いっい湯っだっなっ、あははん」と歌う。気分は極楽温泉街だ。そして風呂から上がるとゆっくり眠りについた。