【前回の記事を読む】【小説】「今日、主人は出張で帰ってこないの」越えた一線…女の悦びに淳美の体と心は包まれる
淳美の大胆さ
待ち合わせ場所は、今までにも何度か来ている行きつけのバーだった。春樹はいつもお決まりの一番奥にあるカウンター席に座っていた。淳美より春樹が先に来ているのは初めてのことだった。いつもと雰囲気が違う。お互いに久しぶりの出会いを喜びあうつもりでいた淳美は、少し戸惑いを感じながら春樹の隣に座った。春樹に笑顔はなかった。春樹はすでに酔っ払っていた。
「僕たちは離れすぎてしまったのかもしれない」
淳美の嫌な予感は当たっていた。
「どういうこと?」
「実は他に好きな人ができた」
「だって、あなたが当分会わないほうがいいって言ったから、私ずっと我慢していたのよ。それに夫とも離婚した、あなたのために」
淳美は自分の声が上ずっているのに気づきながらも、春樹を責め立てた。
「あなたが結婚してくれるって言ったから。あなたの言うことはみんな聞いてあげたじゃない。私のどこがいけなかったって言うの?」
「わかっている。すべては僕の責任だ」
「そうよ。全部あなたの責任よ。だから責任を取って私と結婚してよ」
まわりの客が自分たちを見ているのはわかっていたが、涙が自然にこぼれてきた。
「どう言われようと僕は構わない。でも、僕は今までも自分に正直に生きてきた。それは今回も同じだ。ごめん」
春樹はそれだけ言うと、店を出ていった。取り残された淳美は呆然と座っているしかなかった。
「また一軒お気に入りの店に行けなくなったよ」
春樹の明るい声が希代美の耳に届いた。
「まあ、30万円のためだから、それくらいの犠牲は仕方ないけど。ちゃんと払ってくれよな」
「もちろんよ。先方からの入金がありしだいお支払いするわ」
「いくらもらうつもりなんだ?」
「それは言えないわ。正直言って、私も今の展開についていけてないの。だけど最低でも30万円はもらわないといけないわね」
「冗談言うなよ。それじゃあ何のためにこんなこと始めたんだ。お金のためだろう? それならばもっとふっかけてやればいい」
「それよりも、もう一つの件はどうなっているの? 何か良い考えが浮かんだの」
「希代美だって知っているだろう? 僕の長所はこの顔と口のうまさだからね。それを利用しない手はないと思うよ」