携帯エアリー
翌朝警視庁で、紀香がよそよそしく省吾を見た。
「お早う!」
「お早う!」
それ以外は何も言わない。そしてまたOSの事件の続きに入った。尾藤三郎が逮捕された事件。
その真相を掴むため、他の刑事が犯行現場の近くで尾藤を見かけたという女にもう一度エアリーを持って聞きに行った。その結果、大木から金を受け取り、「もし刑事に聞かれたら尾藤が犯人だという証言をしてほしい」と頼まれたと判明。
その女、豊川夏美こそが渡辺敏夫を殺害した実行犯だったのだ。
豊川は渡辺を毒殺し、尾藤の指紋の手袋で机の裏に指紋をつけ、遺書を置いた。逃げる前に防犯カメラの位置を確認し、避けたつもりでいたが、気づかなかったカメラも設置してあり、それに豊川が映っていたのが確認された。
これであと一つの事件。それだけ終われば殺された五人の事件はすべて解決する。
省吾はホッとして午後七時、仕事を終えた。待ち合わせ場所は若宮と飲んだスナック付近のレストラン前。紀香の方が五分早く着いたが結局二人は同じ職場。一緒に帰ればいい話だ。それをわざわざ時間をずらして会うのは、職場の人間に気を使ってというより、何となく隣に並ぶことにお互い臆病になったからだろう。
「ごめん。待った?」
「五分くらいね」
そして、目の前にあるレストランに入って食事をした。その時は本題に入らず一緒に食事を楽しんだ。
「省吾は学生時代は優等生だったでしょ?」
「そんなことないよ。普通に友達とスポーツやったりゲームやったりしてたよ」
「お勉強は出来たんでしょ?」
「俺の時代はオンリーワンの時代だからね、ナンバーワンはむしろダメ出しされたりしたんだ。だから頑張ったってほとんどおふくろ以外褒めてくれなかったよ」
「私だって二つ下だから同世代だけど、ゆとり世代ってごく一部でしょ?全体を考えればその世代の人は他の世代に比べてレベル低いわよね」
「今はメダルの色とか新記録とか順位とか意識してるやつが多いけどさ、俺らの時の教育方針て一体何だったんだろうな」
「私たちの前の時代に少年犯罪が問題視されたからでしょ?」
「そうなんだよ。だからそのあとはゆとりになって犯罪が減ったのかもしれないけどさ」
「今、脱ゆとりでまた少年犯罪が増えてるわよね」
二人して本題は避けていた。しかし、場所を変えてスナックへ入った後は本音が出た。
「ごめん。若宮から聞いたんだろ?」
「そうよ。刑事辞めるって本気で言ってるの?」
「実は、まだ少し迷ってるんだ」
「えっ?そもそも辞めようとした理由がよくわからないんだけど」
「俺が刑事になった理由は、大学卒業して会社決めようとした時、就職難で何社も落ちてるんだ。それで、プライドがあったからハードル高い警察に入ったんだ」
「ん?本来やりたかった仕事は刑事じゃないってこと?」
「うん。俺はどちらかというと弁護士になりたかったんだ。法学部卒業してるからな」
「ふうん。でも、弁護士とその農業とどういう共通点があるのよ」
「あるよ。普通に考えればわかりにくいかもしれないけどさ、前科のある人間を幸せに導くんだ。真っ暗な洞窟に入ったやつに光を差し込むようなそんな仕事がしたいんだよ」
「ふっ!」
「おかしいか?」
「照れもしないでよく言うわね。今まで何人も逮捕したんじゃない?」
紀香は省吾には辞めてほしくなかった。どうしても省吾の考えに賛同したくなかったが、ストレートには言えない。
「逮捕しながらも違和感があったんだ。本当にこいつが犯人なのか?もしかしたら誰かに犯人にされたんじゃないのかってな」
「それは私も同じだけど、そういう仕事でしょ?割り切るしかないんじゃない?」
「それが俺は嫌なんだ。自分のしたかった仕事はこういうことじゃないんだ」
「もしかして、その性格、省吾のお母さんの影響?」
「まあな。おふくろはある意味、俺の目標でもあり、ライバルでもあるんだ」
「へえーー、凄い。会ってみたいな、そのおふくろさんに!」