【前回の記事を読む】シリアへ行く夢のバスのはずが…「ひどいバスに乗ったもんだ」
中近東の旅
トレーラーバスで行くシリア砂漠シリア(ダマスクス)→イラク(バグダッド) 一九七四年二月二日
次に税関。バスの屋根に積み込まれていた荷物を各自持って別の建物の中に行く。すべての荷物を一部屋に運び入れ、係官が一名ずつ部屋に呼び込んで荷物を検査する。他の人は部屋の入り口で自分の順番がくるのを待っている。
時刻はもう真夜中の一時を過ぎて、眠く、寒い。どれくらい待つのかと思いながら、部屋を覗き込むと、係官が検査の部屋に呼んでくれて、荷物の検査もせずにOKという。寒い中を自分の順番が来るのを並んで待っている現地の人には申し訳ないと思いながら、内心では喜んでバスの中に荷物を運ぶ。
無事イラクの入国手続きも済み、トレーラーバスは砂漠の中を悲鳴に近い騒音を撒き散らしながらバグダッドに向かって驀進する。
朝七時ころ、コントロールポイントでバスは止まり、係官がバスに乗り込んできてパスポートを調べ、行き先、職業など、いくつかの質問をされる。その後なおもトレーラーバスは走る。夢のバグダッドはとても遠い。ようやく十時前にバスがガタガタと止まる。どうやらバクダッドらしい。
ダマスクスを発って十七時間かかった。優美な尖塔でモザイクの壁と大理石の床の建物、棕櫚の木々、きれいな色で透き通った衣類を身につけた魅惑的な目の女性など、勝手なアラビアンナイトのバグダッドを想像していたが、現実のバグダッドはほこりと泥でうすぎたなく汚れ、何もない。
街の中の木々にさえも泥が飛び散っている。道路は雨が降ったのか、泥まみれと水溜り。家々は薄暗く、傾き、壊れかかっている。人の肌がこれまでのアラブの国より少し黒い。男性はねずみ小僧のようなものを着ているのは同じ。女性は黒いベールで顔を隠している。でも若い人は洋服を着ている人も多い。
郵便局や鉄道駅などの主要な公共施設の入り口には土のうが積まれ、その前には自動小銃を持った兵士が立っている。やはりイランと紛争中なのだ。
それにしても、この国はシリアよりも貧しく感じられる。豊かな石油による収入は一体どこにいったんだろう。チグリス川に行ってみる。川の水は黄色の泥水で水量も少ない。両岸には棕櫚などの樹木が生えているが、水際なのに妙にほこりっぽい。かつてはこの地域が世界の四大文明の一つであったその面影どころか、片鱗もない。