帰広後、大泉社長にエンゼルス訪問の経過報告をした恭平は、改めて経営者としての未熟さを思い知らされた。予てよりコンビニエンス・ストアの将来性を大泉社長に力説してきた恭平は、既に十分な理解と賛同を得ていると独り合点していた。しかし、いざ正式に取引を検討する段になり、その採算性を問われた恭平は立ち往生してしまった。

実のところ恭平は、コンビニエンス・ストアの将来性を確信してはいるものの、弁当やおにぎりをコンビニへ納品した際の採算性は全く把握していなかった。慌てた恭平はエンゼルスの担当者に電話をし、エンゼルスと取引をしている会社の工場見学と経営者との面談を申し入れ、承諾を得た。

エンゼルスに弁当やサンドイッチを納品している東京フーズ株式会社を訪問するため、恭平は大泉社長を伴い再び上京した。

年中無休二十四時間営業の店舗に途切れることなく商品を供給する工場は、当然ながら生産体制も年中無休で、ほぼ二十四時間稼働なのは想定通り。予想外だったのは生産部門ではなく、矢継ぎ早に新商品をお店に供給するための開発部門、厳しい衛生管理を徹底するための品質管理部門に、多くの人と時間とコストを費やしていることに驚かされた。

そして、東京フーズの社長自らが開示してみせた直近三年間の決算書は、急激に伸びる売上は万鶴の十倍超なのに対し、利益は万鶴の三倍程度でしかなかった。

工場視察と社長のレクチャーを受けた恭平と大泉社長の所感は、見事に真逆だった。

「効率の高い二十四時間の生産体制に加え、弛まぬ商品開発の追求と厳しい品質管理を徹底する姿勢こそ、食品製造業のあるべき理想像」

そう認識して恭平は感動した。一方、大泉社長は一言で切り捨てた。

「所詮、ピンハネされるビジネスは、売上は増えても利は少なく、取り組む価値は無い」

恭平は、エンゼルスへの商品供給こそが、ひろしま食品が将来とも生き残る活路であると考えていた。しかし、万鶴の専務を兼務する立場に加え、ひろしま食品の工場は万鶴からの賃貸物件である以上、当初からエンゼルスとひろしま食品の取引を言い出す訳にはいかず、先ずは万鶴での取り組みを打診し、万鶴が取引を辞退した後に、ひろしま食品での製造を具申するのが筋だと考えていた。

そうした手順を踏んだうえで、ひろしま食品との取引が実現することを目論んでいた恭平は、大泉社長の言葉を聴いて内心ほくそ笑みながらも微かな不安を覚えた。