【前回の記事を読む】「私に謝れと言うのか!」金属片混入で怒る店長にまさかの事態
追いつ追われつ、三つ巴《三十三歳〜三十五歳》
それから二年足らずの間に三度、恭平は上京してエンゼルスの本社を訪問した。
皮肉なことに時を同じくして、ドジャース傘下のコンビニエンス・ストア、ロイヤルズが広島進出するのに先行して、恭平を名指ししての訪問を受けた。
いぶかしむ恭平に、スーパー・ドジャースの元販売促進本部長がロイヤルズの社長に就任し、広告代理店時代から顔見知りの恭平に弁当製造を依頼するよう命じられての来社だと教えられた。一瞬、軽く逡巡したものの、エンゼルスを諦めることのできなかった恭平は、丁重にお断りした。
それから数カ月後、待ちかねたエンゼルスの担当者からの電話が鳴った。
新たな挑戦の幕開け
念ずれば、棚から牡丹餅 《三十五歳》
「突然で恐縮ですが、明後日ご来社願えませんか」
エンゼルス担当者からの短い電話を恭平は直立不動して受け、最敬礼して応えた。
「はい、明日でも、明後日でも、最優先でお伺いさせていただきます」
翌々日の朝、恭平は新幹線ひかりに乗り込み東京へ向かった。人生を賭けた決戦の場に臨もうとする恭平のセカンドバッグには、藤沢周平の文庫本、「ただ一撃」が入っていた。
エンゼルスの担当者は、心なしかこれまでよりフレンドリーに迎えてくれた。
「わざわざお越しいただいて恐縮です。広島進出の計画はないと申し上げて参りましたが、実は来年八月、広島に一号店をオープンします。つきましては、エンゼルスのお店へ弁当の納入をご検討いただけませんか」
「もちろん! 検討するまでもなく、ぜひお願いしたいと願っています」
「ありがとうございます。本川さんの熱意は充分に存じ上げていますが、弊社の品質管理基準はどこよりも厳しいと自負しております。その条件をクリアしていただいて、はじめて取引が可能となりますので、まずは御社の工場を見せてください」
電話を受けた時点で、今日にも取引契約は成立するものと意気込んでいた恭平は、己の早とちりを恥じながらも、一歩前進したことに安堵した。