【前回の記事を読む】【小説】「騙しの美学」の続編を女に話した地面師の目論見は?
仕事の心得
彼は彼女に今度の仕事の心得を言って聞かせた。まず彼に絶対に忠誠を誓う事。裏切りは許さない。そして秘密を外に漏らさない。鬼塚は彼女に彼の言う“ビジネス”、即ち相手をうまく引っかけるテクニックを噛んで含めるように言い聞かせた。
多少の言い間違いは年のせいにして誤魔化せるが決して間違えてはならない事、名前、家族構成、育った家の環境、受けた教育や友人など相手がさりげなくして来るであろう質問につかえることなく答えられるようにストーリーをしっかり飲み込んでおくこと。
鬼塚は彼女に教え込んだ事を彼女が本当に理解したか逆に細かく質問形式で確認した。こうも言った――あんまりすらすら答えてもまずい。あんたの演技力が試される。どうやら鬼塚はその種の演技の権威らしかった。
「今度の仕事がどんな仕事か分かって来たわ」と麻衣は真世に言った。熱海から戻ってから二人だけになった時の事だ。
「とんでもない事を企んでいるらしい。どうやらあいつはこの先一生遊んで暮らせるだけの金を手に入れようと謀っている。後はどこかにうまく逃げおおせて楽隠居、そういうことを考える年齢になったのよ――あいつの弱みをつかんだわ」
それともう一つ分かったことがあると麻衣は言った。
「あいつはギャンブルが好きらしいわ。もうじき日本でもギャンブルが解禁になると嬉しそうに言うのよ。ひょっとしたらあいつの隠し口座はラスベガスの辺りかも、と気付いた。あいつはアメリカにいたことがあると言っていたしね」
その後あいつの部屋からは探している物は未だ出て来ないかと麻衣は聞いた。真世は首を振った。
「何も――偽パスポートも、銀行口座の記録も何も。あいつのパソコンをのぞけたらもっと分かるかも知れないけれど」
「いつもあいつが持ち歩いている小型のパソコンのこと?」
真世はうなずいた。