現場は福岡でも有数の繁華街で、周辺に飲食店やテナントなどが立ち並ぶ中央区大名1丁目の一角である。遺体は1階にラーメン屋が入る雑居ビルと、同じく1階にブティックが入る雑居ビルとの境に走る、1メートルくらいの狭隘な通路を入ってすぐのところにあった。班長の豊永が吉岡のところへ駆けつけた。
豊永弘臣・44歳、180センチ近くの長身のイケメンである。吉岡の顔を見ると、挨拶代わりに大きく頷き説明した。
「横のラーメン店の店員が、午前10時過ぎに出勤し、店内の掃除を終えゴミを捨てようとゴミ箱が置いてある通路を見ての発見です。ゴミ箱の奥に体を丸めるように右横臥で倒れていて、最初は酔っ払いかと思ったそうです。声を掛けても返事がないことから肩を揺すっています。その時に体が冷たく、全身が濡れていたことから119番しました。
店員の話では、血痕は見ていないそうです。遺体のちょうど腹部の下付近に大量の血痕があります。ひっくり返さないと、よく分かりません。先着した救急隊員が、腹部と胸部の境に突き刺さっているナイフを最初に見ています。全身にかなりの硬直があったことから搬送していません。119番と同時に110番へも転送され、交番員の2名が駆けつけ、救急隊の判断を聞いて即座に現場封鎖しています。
ゴミ箱は1メートルぐらい高さがあり、その先が暗い通路ですので、通行人からはちょっと見えません。被疑者は犯行後に道路側にゴミ箱を置いて行ったものと思われます。被害者が倒れていた狭路の奥は突き当たりで通行できません。その奥は生ビールの空タンクや、古い棚などが置かれ雑然としています」
「身元は?」
「バッグや所持品などが見当たりません。先生、検視の時にポケットを探してください。それと、その奥に傘が1本投げ捨てたように放置されています……」
横から、鑑識の現場検証班の班長である松山健司も駆けつけて説明し出した。
「先生、昨日夕方から雨が結構降って一面水が溜まってます、悔しいですがほとんど足が採れそうにないです。被害者も全身水気を帯びて冷え切っています。死亡時間の推定が難しいかも。採証は、できるだけ頑張りますんで」
昨夜は遅くまで雨が強かったが、夜の11時過ぎには市内ではほとんど降りやんでいたはずだ。しかし路面は濡れており、屋外での現場鑑識が苦労する天候だ。
松山健司も44歳、中肉中背のどちらかといえば居酒屋の大将といった雰囲気の松山であるが、普段は寡黙で積極的に自分から話はしない。ただ鑑識のことになると突然饒舌となる鑑識大好き人間である。