男は深いため息を吐く。この様子では生き残っている者がいるとは思えなかった。だが、そう思ったとき、どこからともなく声がした。声というよりは赤子の泣き声だった。
赤子の泣き声は女にも聞こえたらしく、声のする方へ駆け寄る。
赤子は、母親らしい女の胸に抱かれていた。母親の息は既にない。赤子は母親の陰に隠れるようにしていた。母親が自分の身を犠牲にしても我が子を守ろうと、赤子を胸に抱いたまま死んだのだろう。
女は甲高い声で泣く赤子を抱え上げる。そのあともしばらくの間、赤子は女の腕の中で泣いていたが、徐々に落ち着いてきたのか、いつしか泣き声は寝息に変わっていた。
赤子は一歳にも満たないほど幼い。その小さな身体は、女の腕の中にすっぽりと包まれている。
「その子をどうするつもりだ」
赤子を優しい眼差しで見つめる女に、男が怪訝そうに言う。女が赤子に向ける愛おしい感情が、頭巾の間から覘くその僅かな眼差しからだけでもわかる。女は優しい口調で言う。
「この子に母親はいない。多分、身近な肉親もこの状況ではもういないはず」
そう言った女の言葉に、男はため息を吐く。
「育てるとでも言いたいのか」
「ええ……そうよ」
男の言葉に女は頷く。そう言った女の眼差しからは強い意思が感じられる。何が何でもこの赤子を引き取り育てる、という使命感にも似た強い感情だ。
「この子供を引き取るということは、俺たちがこの子供の親代わりになるということなんだぞ。覚悟はできてるのか」
男の言葉に、女は一瞬の沈黙のあとに大きく頷く。
「ええ、覚悟はできてる」